藪下泰司

藪下 泰司（やぶした たいじ、1903年2月1日 - 1986年7月15日）は、日本の映像史において多岐にわたる足跡を残した人物である。記録映画の分野でキャリアをスタートさせ、後に日本アニメーション黎明期において中心的な役割を果たした映画監督、演出家、そして教育者としても知られる。大阪府（現在の大阪府大東市）で生まれた彼は、東京美術学校（現在の東京藝術大学美術学部）で写真を専攻し、卒業後、映像の世界へと進んだ。本名は藪下 泰次、略字の藪下と表記されることもあった。孫に映画監督の高橋玄がいる。

美術学校卒業後、1925年に松竹株式会社撮影所の現像部に勤務。ここで映像制作の基礎に触れた後、1927年には文部省（現在の文部科学省）社会教育局に活躍の場を移す。文部省では、映画製作設備の創設に携わり、文化・記録映画の制作に深く関わることとなる。ツェッペリン号の来日を記録した無声短編映画など、約40本もの記録映画を手がけ、記録映画の分野で確固たる実績を積んだ。

第二次世界大戦終結後の1947年、藪下は新たなキャリアをスタートさせる。山本善次郎が設立した日本動画株式会社（後の日動映画株式会社、現・東映アニメーションの前身の一つ）に加わり、アニメーション作品の制作に初めて携わることになった。ここでは、撮影、演出、脚本など、アニメーション制作における様々な工程を担当し、その技術と表現の幅を広げていった。

日本動画は1952年に日動映画と社名変更し、さらに1956年には東映株式会社に買収され、東映動画株式会社として新たな出発を切る。藪下も引き続き東映動画に所属し、演出家として活躍した。特に、教育映画として制作された短編アニメーション『こねこのらくがき』（1957年）は、東映動画最初期の作品として知られる。

そして、藪下のキャリアにおいて最も重要な作品となるのが、1958年に公開された『白蛇伝』である。当時、日本には長編アニメーション映画制作の経験やノウハウがほとんど存在しない中で、東映動画はこの困難な挑戦に取り組んだ。藪下はこの日本初の長編カラーアニメーション映画の演出を務め、作品は商業的な成功を収めると同時に、その後の日本アニメーション史に大きな影響を与えた。

『白蛇伝』の成功以降、藪下は東映動画の黎明期において中心的な演出家として、立て続けに長編アニメーション作品を手がける。『少年猿飛佐助』（1959年）、『西遊記』（1960年）、『安寿と厨子王丸』（1961年）、『アラビアンナイト・シンドバッドの冒険』（1962年）など、多くの話題作で演出を担当し、東映動画の黄金期を築く礎となった。

1960年代後半に入り、1967年に演出を手がけた『ひょっこりひょうたん島』が商業的に振るわなかったことを機に、藪下は東映動画での長編アニメーション演出の第一線から離れる。しかし、彼の映像への情熱は衰えることはなかった。その後、日本動画株式会社で、日本の漫画映画・アニメーションの歴史を記録するドキュメンタリー作品『日本漫画映画発達史漫画誕生』（1971年）、『日本漫画映画発達史アニメ新画帖』（1973年）を制作。これらの作品では、政岡憲三、大藤信郎、久里洋二といった、日本のアニメーションの創成期や戦前・戦後にかけて活躍した重要人物たちの作品とその歴史を詳細に紹介し、貴重な映像記録として後世に残した。

晩年の藪下は、日動映画時代から親交のあったアニメーター森康二と共に、アニメーション分野の後進育成や教育に特に力を注いだ。東京デザイナー学院や東京写真専門学校で講師を務め、自らの豊富な経験と現場のノウハウに基づいた体系的な知識を後進に伝えた。また、『アニメーション原論』など、アニメーションの理論や技法に関する専門書も複数執筆し、教育者としての功績も大きい。

藪下 泰司は、記録映画から始まり、日本アニメーションの揺籃期から発展期にかけて、演出家、そして教育者として多大な貢献をしたパイオニアである。特に日本初の長編カラーアニメーション映画『白蛇伝』の演出家として、その後の日本長編アニメーションの道を切り拓いた功績は計り知れない。彼の残した作品群と、情熱を注いだ後進育成の活動は、日本の映像文化、特にアニメーション史において重要な位置を占めている。1986年に83歳で亡くなるまで、その生涯を映像と教育に捧げた人物であった。

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