融

能『融』の詳細

能『融』（とおる）は、平安時代の左大臣である源融とその邸宅・河原院を題材にした舞台作品です。作者は名高い能楽師である世阿弥であり、貴人物に分類されるこの作品は、能楽の中でも特に評価が高いとされています。不思議な雰囲気や情感の深さが特徴的で、観客を古の都に誘います。

あらすじ

物語は、東国から上洛した僧が京都の六条河原院に到着するところから始まります。そこで登場するのが「潮汲み」と名乗る老翁で、彼はかつての栄華を語ります。融の大臣が、陸奥の塩竈の美しい景色を都に移し、ここに池を作って楽しんだという伝説が語られます。しかし、時の流れと共に、かつての華やかさは消え、河原院は荒れ果ててしまった様子が悲しげに描かれています。

老人はまた、河原院の周辺にある名所を教えながら、月の出を見つめ、唐の詩人賈島の詩に思いを馳せます。彼は僧にその景色の魅力を伝えつつ、自らの存在が過去の栄光を思い起こさせるものであることを実感しますが、やがてその姿は消えてしまいます（中入り）。

僧のもとに現れる都人は、源融の美しい邸宅とその歴史について再び語ります。融が如何にして海水を運び、池を築いたか、その過程が詳しく述べられます。しかし、その後は誰にも受け継がれず、庭は荒れてしまった。続く夜の帳の中で、融の亡霊が再び現れ、往年の思い出を紡いでその舞を披露します。彼は名残を惜しむかのように、月の都へと帰っていくのです。

登場人物

この作品に登場する主要なキャラクターは、僧と潮汲みの老人、そして融の亡霊です。僧は旅の途中で見た景色の美しさに惹かれつつ、過去の話に耳を傾けます。潮汲みの老人は融に憧れ、彼の偉大な業績を語り継ぐことで、自己の存在価値をも問うかのような役割を果たします。そして融の亡霊は、平安時代の美しい情景や思い出を持ち出し、観客にその悲しみや喜びを直に体感させます。

特色と評価

『融』は、源融という実在の人物を深く掘り下げながら、彼の美意識や生活様式を映し出す魅力的な作品です。この能は古今和歌集や伊勢物語に登場する融の故事から着想を得ながら、世阿弥の独自の視点で語られています。作品全体には、融の風流な心と、彼の作った美しい河原院の哀愁が繊細に表現されており、対照的な要素が絶妙に織り交ぜられています。

昭和の名手、櫻間弓川は本作を高く評価し、少ない登場人物たちが持つ複雑な感情を深く表現していると賛辞を送りました。このように、能『融』はその簡素な構成にも関わらず、観る者に強い印象を与え、今なお多くの流派で演じられ続けています。

結論

能『融』は、源融にまつわる伝説を美しい舞とともに楽しめる作品であり、聴く者の心に残る情景を心に描かせます。古代の風景や美意識を伝えるための重要な媒介となり、世阿弥の巧妙な筆致によって、時代を超えた感動が生まれるのです。

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