衆議院の優越

日本の国会は、衆議院と参議院の二つの議院から成り立っています。原則として、両議院は対等な権限を持っていますが、日本国憲法および国会法に基づき、衆議院には参議院に対して優越的な権限が与えられている特定の事項が存在します。これが「衆議院の優越」と呼ばれるものです。

この優越が衆議院に認められている背景には、衆議院議員の任期が参議院議員より短く、また任期満了前の解散によって国民の直接的な意思を問い直す機会があるため、衆議院がより国民の意思を迅速かつ正確に反映しやすいと考えられていることがあります。

衆議院の優越は、様々な形で現れます。主な形態としては、衆参両院で同じ議案に対する議決が異なった場合に、両院協議会を開いても合意に至らなかったときなどに、衆議院の議決が国会の最終的な意思決定となる場合や、単純に衆議院の議決だけで効力が生じる場合などがあります。

優越が認められる主な事項

日本国憲法や国会法では、以下のような重要事項において衆議院の優越が定められています。

憲法に基づく優越（議決の効力）

法律案の議決: 衆議院を通過した法律案が参議院で否決されたり、修正されて衆議院がその修正に同意しなかったりした場合でも、衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再度可決すれば、その法律案は成立します。また、衆議院可決案が参議院に送付されてから60日以内（国会休会期間を除く）に参議院が議決しない場合、衆議院は参議院がその法律案を否決したものとみなすことができます（憲法第59条）。
予算案の議決: 予算案について衆参両院の議決が異なる場合、両院協議会が開かれますが、そこで意見が一致しなかった場合、あるいは衆議院可決案が参議院に送付されてから30日以内（国会休会期間を除く）に参議院が議決しない場合、衆議院の議決内容がそのまま国会の議決となります（憲法第60条）。
条約の承認: 条約の締結に必要な国会の承認についても、予算案と同様に衆参両院の議決が異なり両院協議会でも合意に至らない場合や、衆議院可決案が参議院に送付されてから30日以内（国会休会期間を除く）に参議院が議決しない場合には、衆議院の議決が国会の最終的な承認となります（憲法第61条）。
内閣総理大臣の指名: 国会が内閣総理大臣を指名する際、衆参両院の指名議決が異なる場合、両院協議会が開かれますが、そこで合意に至らなかった場合、あるいは衆議院が指名議決を行った後10日以内（国会休会期間を除く）に参議院が指名議決を行わない場合、衆議院の指名議決が国会の指名となります（憲法第67条）。

憲法に基づく優越（権限）

予算の先議権: 予算は必ず先に衆議院で審議・議決されなければなりません（憲法第60条）。
内閣不信任・信任決議: 内閣に対する不信任決議や信任決議は、衆議院のみが行える権限です（憲法第69条）。

国会法に基づく優越

国会の会期決定・延長: 臨時国会や特別国会の会期、または国会の会期延長について、衆参両院の議決が異なる場合や参議院が議決しない場合は、衆議院の議決が優先されます（国会法第11条〜第13条）。
法律案に関する両院協議会の請求: 衆参で法律案の議決が異なった場合の両院協議会の開催請求において、衆議院は参議院よりも広範な場合に請求が可能であり、参議院からの請求を拒否できる場合があります（国会法第84条）。
* 過去の国会同意人事: 現在は優越が認められていませんが、過去には一部の人事において、参議院が同意しなくても衆議院が同意すれば有効とみなす規定や、衆議院単独での同意が可能な人事も存在しました。

優越規定の運用と課題

法律案のみなし否決（60日ルール）や予算・条約の自然成立（30日ルール）における日数計算の起算点については、「参議院が、衆議院の可決した議案を受け取った後」と憲法に定められています。慣例として、衆議院可決後ただちに参議院に送付され、即日受領される取り扱いがなされてきましたが、2011年度予算案のケースでは、参議院側が予算案の受け取りを一時留保し、受領日を衆議院可決日と異なる日付とする異例の事態が発生しました。

これは「受け取った後」の解釈を巡り、参議院側が主体的に判断できると主張したことによるもので、憲法の衆議院優越規定の根幹を揺るがしかねないとして、衆議院側からは法的安定性を損なうとの反対意見が出され、衆参両院の議長間で公式な見解の相違が生じる結果となりました。結果的には、この予算案は参議院で否決されたため衆議院の再可決で成立し、この起算点の争いは直接的な影響を与えませんでしたが、今後の運用に課題を残しました。

なお、内閣総理大臣の指名における自然指名（10日ルール）については、憲法上「衆議院が指名の議決をした後」と規定されており、参議院側の受領行為とは連動しない文言となっています。

優越が認められていない事項

一方で、衆議院の優越が認められていない事項も多数存在します。例えば、皇室財産の授与、予備費の支出、国の決算の検査、憲法改正の発議、国会の休会の議決などです。また、国政調査権や弾劾裁判といった国会の重要な活動においても、衆議院の優越は適用されません。

衆議院の優越は、日本の議会制度において、国民の意思をより反映しやすい衆議院に一定の決定権を与えることで、国会の機能を円滑に進めるための重要な仕組みとなっています。

もう一度検索