表右筆

江戸幕府において、表右筆（おもてゆうひつ）は幕府の書記役として重要な位置を占めた職制です。奥右筆とは対照的な役割を持ち、若年寄の支配下に置かれていました。

元々、江戸幕府には「右筆」という職がありました。これは将軍の側近として、御内書や奉書の作成、法度の浄書などを行うとともに、老中らの指示を受けて公文書を作成することを主な任務としていました。徳川家康の時代には、室町幕府以来の書札礼に精通した人物が右筆に任じられ、以心崇伝や林羅山といった学識経験者である側近たちの下で、文章作成の実務を一手に担っていました。

右筆の職務に大きな変化が生じたのは、徳川綱吉が五代将軍に就任してからです。綱吉は、自身の館林藩主時代の右筆を江戸城に連れてきました。そして、これらの新しい右筆に、従来の右筆が担当していた中でも将軍の機密に関わる重要な業務を任せることにしました。これにより、右筆の職務は分割されることになります。それまでの右筆は「表右筆」と呼ばれるようになり、綱吉が新設した右筆は「奥右筆」と称されるようになりました。奥右筆は将軍身辺に関わる機密性の高い職務を管轄するようになり、表右筆は一般的な幕府の行政文書に関わる業務を担うことになったのです。

このように職務が分離された後、表右筆は主に幕府の公式な書記業務に特化するようになりました。具体的には、老中から発給される奉書や、日々の政務を記録する幕府日記の作成、あるいは朱印状や判物といった将軍名義の重要文書の作成実務に携わりました。また、幕府が全国に周知するための触書を清書する作業も重要な任務であり、時には400枚近くにもなる文書の浄書を行いました。加えて、全国の大名の所領や格式をまとめた分限帳や、幕臣である旗本や御家人たちの名簿管理といった業務も表右筆の担当でした。

奥右筆と表右筆の間には、単なる職務の分担以上の関係もありました。奥右筆の職に空席が生じた際には、表右筆の中から後任を選ぶ慣例が確立されており、両者の間には人材交流の道も開かれていました。これにより、表右筆は奥右筆への昇進の可能性を持つ職でもあり、単なる下級の書記にとどまらない側面も持っていました。

表右筆の組織構成は、数名の組頭と多数の一般表右筆から成っていました。組頭は2名または3名が置かれ、役高として300俵、さらに四季施代銀として20枚が支給されました。これに対して、一般の表右筆は約30名程度がおり、役高は150俵、四季施代銀は組頭と同額の20枚でした。

表右筆は、将軍の機密に関わる奥右筆のような華やかさはありませんでしたが、幕府の日常的な行政運営において、膨大な量の文書作成、記録、管理といった基礎的ながらも不可欠な業務を一手に担っており、江戸幕府という巨大な組織の機能を円滑に維持するために欠かせない、縁の下の力持ち的な存在であったと言えます。

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