表面伝導型電子放出素子ディスプレイ

表面伝導型電子放出素子ディスプレイ（SED）とは

表面伝導型電子放出素子ディスプレイ（SED）は、電界放出ディスプレイ（FED）の一種です。SEDは、従来のブラウン管（CRT）のように自発光し、薄型でありながらCRTに匹敵する画質を実現できる可能性を秘めていました。

仕組みと特徴

SEDの最大の特徴は、その電子放出機構にあります。通常のFEDがマイクロチップ電極を使用するのに対し、SEDでは、超微粒子膜によって作られたナノレベルのスリットに電圧をかけ、トンネル効果によって電子を放出させます。これにより、より低い電圧で電子を取り出すことが可能になります。放出された電子が蛍光体に衝突し、発光することで画素を点灯させます。

SEDは、原理的にCRTと同様にインパルス型で自発光するため、動画性能や暗部の階調表現力は液晶ディスプレイよりも優れているとされていました。液晶ディスプレイの120Hz駆動などの改良が進む一方で、蛍光体の応答速度は液晶分子の動きに比べてはるかに速いため、動画性能においてはSEDが優位に立つと考えられていました。

蛍光体に関しては、既存のCRTの技術がそのまま利用できるため、コスト削減も期待されていました。しかし、その反面、CRTを超える色域をそのままでは実現できないという欠点も抱えていました。バックライトにLEDやレーザーを使用することで色域を拡張できる液晶ディスプレイやプロジェクターと比較すると、色域という画質の一要素で劣るという課題がありました。

また、SEDにはCRTと同様に焼き付きが発生するという欠点もあります。CRTでは電子放出部が画面全体で単一であるため、焼き付きの原因は蛍光体の劣化ムラに限られていましたが、SEDでは画素ごとの電子放出部の劣化ムラも焼き付きの原因となり得るという問題がありました。

SEDの薄膜部分は印刷技術を応用して製造できるため、大量生産にも適しているとされていました。印刷技術は液晶や有機EL、電子ペーパーなどの製造にも応用され、コストダウンに有効であることが証明されています。

しかし、SEDは真空状態を保持する必要があるため、フレキシブルディスプレイの実現は困難です。また、他のディスプレイと同様に、反射型液晶や電子ペーパーのようなメモリー性を利用した、書き換え時以外は電力消費を抑える静止画表示には不向きです。

家庭用SEDテレビ製品化への道のりと断念

SEDは、1986年にキヤノンが研究開発に着手し、1999年には東芝との共同開発が始まりました。2002年度の事業化を目指していましたが、その後、両社は合弁会社を設立し、2005年内の生産開始と2008年の北京オリンピック商戦に向けた量産化を目指しました。キヤノンにとってテレビ事業への参入は悲願であり、当時の会長は「SEDに社運を賭ける」とまで言っていました。

SEDは、薄型でありながらCRTに迫る高画質を実現できるため、次世代の薄型テレビや業務用のマスターモニターとしての期待を集めていました。2006年には55V型のフルHD試作品が公開され、「CRTを超える画質」と評価する声も多くありました。

しかし、2005年頃から液晶テレビやプラズマテレビの価格が予想を上回るスピードで下落し、大型化も進んだため、SEDが十分な価格競争力を持って製品化されることは難しい状況となりました。さらに、各社の技術進歩により、液晶テレビやプラズマテレビの画質も向上し、SEDの優位性は薄れていきました。

当初、SEDの最初の製品は2007年の第4四半期に発売される予定でしたが、特許問題に絡む訴訟が発生し、量産ラインの建設に着手できない状態が続きました。その後、キヤノンは発売延期を発表し、発売時期は未定となりました。この訴訟の影響で、共同開発パートナーであった東芝は事実上SED事業から撤退しました。当初SEDのみで展開する予定であった大型製品も、液晶テレビで投入することになりました。

2009年3月、キヤノンはSEDを採用した製品の2009年中の市場投入はないと発表しました。そして、2010年5月には家庭用SEDテレビの開発を断念したことが報道されました。しかし、SED自体の研究開発は継続され、医療用表示装置などの業務用出力機器への応用が検討されています。

SED特許問題をめぐる訴訟

2007年には、SEDの基幹技術の特許を持つアメリカのNano-Proprietary社とキヤノンの間で特許問題をめぐる訴訟が起きました。この裁判闘争の中で、特許問題による訴訟や液晶テレビの低価格化により、SEDをビジネスとして成り立たせる事が極めて困難になったと判断され、東芝が事実上SED事業から撤退しました。

キヤノンとNano社の係争は、第一審でNano社が勝訴しましたが、キヤノンが控訴し、最終的にキヤノンが勝訴しました。

SED開発の経緯

1986年、キヤノンが薄型表示装置用の電子源開発に着手しました。その後、1996年に3.1インチの試作品を公開し、1999年に東芝と提携しました。2004年には、両社で研究・生産の合弁会社を設立し、試作品を展示しました。2006年には、55V型のフルスペックハイビジョン試作品が公開されました。

しかし、特許訴訟や市場環境の変化により、SEDの家庭用製品化は実現しませんでした。

参照

ブラウン管（CRT）
カーボンナノチューブ
電界放出ディスプレイ（FED）
ハイビジョンブラウン管テレビ
液晶ディスプレイ
映像機器
The Society for Information Display（SID）
キヤノンメディカルシステムズ

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