裁かるるジャンヌ

映画『裁かるるジャンヌ』の詳細解説

『裁かるるジャンヌ』（仏: La Passion de Jeanne d'Arc）は、1928年に公開されたフランスのサイレント映画です。デンマーク出身のカール・Th・ドライヤーが監督を務め、ルネ・ファルコネッティが主演としてジャンヌ・ダルクを演じました。この作品は、ジャンヌ・ダルクの異端審問裁判から火刑に至るまでを描いており、歴史的な裁判記録を基に制作されたことで知られています。

物語の概要

物語は、鎖に繋がれたジャンヌが兵士に連れられ、異端審問官たちの前に引き出される場面から始まります。審問官たちはジャンヌに対し、次々と質問を投げかけ、彼女の答えを巧みに誘導しようとします。彼らはジャンヌに、神と取引をしたと認めさせ、それを神への冒涜であると断定しようとします。さらに、偽の手紙を用いてジャンヌを信用させ、尋問を有利に進めようとします。拷問室に連れてこられたジャンヌは、神ではなく悪魔を見たこと、そして自らが悪魔の手先であることを認めるよう強要されます。彼女は死への恐怖から一時的に異端放棄の宣誓書に署名しますが、その後、署名を撤回し、真実を告白します。最終的にジャンヌは火刑に処され、その様子を群衆が見守ります。

映画の特徴

この映画の最大の特徴は、極端なクローズアップと会話字幕を多用した表現方法です。ドライヤー監督は、裁判記録にある尋問の言葉を忠実に再現し、尋問官とジャンヌの問答を映像化しました。特に、クローズアップを多用することで、ジャンヌが受ける精神的な圧迫や苦痛を観客に強く感じさせようとしました。また、仰角撮影（地面に穴を掘ってカメラを設置する手法）を用いることで、ジャンヌの心理的な追い詰められ方を視覚的に表現しています。俳優たちはノーメイクで、セリフを口にしながら演技し、まるでトーキー映画のように撮影されました。これにより、リアルな裁判の雰囲気がスタジオに蘇り、俳優たちは役に入り込み、時には催眠術にかかったかのように演技を続けたと言われています。

キャスト

ジャンヌ - ルネ・ファルコネッティ
ピエール・コーション - ウジェーヌ・シルヴァン
ニコラ・ロワズルール - モーリス・シュッツ
ジャン・マシュー - アントナン・アルトー

制作の背景

ドライヤー監督は、当初、マリー・アントワネット、カトリーヌ・ド・メディシス、ジャンヌ・ダルクの3つの企画案を持っていました。最終的に籤引きでジャンヌ・ダルクを扱うことが決定されました。ドライヤー監督は、神話化された英雄としてのジャンヌを描くのではなく、裁判記録に基づいた裁判の再現を目指しました。歴史学者ピエール・シャンピオンの協力を得て、裁判記録を詳細に研究し、審問官の尋問テクニックを映画に取り入れました。映画のセリフはすべて裁判記録から引用され、裁判の様子を忠実に再現しようとしました。また、ドライヤー監督は撮影において、俳優の演技、カメラワーク、照明、舞台美術など、あらゆる要素を徹底的にこだわり、完璧な映画を作り上げようとしました。

撮影

撮影監督には、ルドルフ・マテが起用されました。彼は、ドライヤー監督の意図を理解し、クローズアップや仰角撮影など、特徴的な映像表現を実現しました。また、パンクロマティックフィルムという当時としては新しいフィルムを使用することで、俳優のノーメイクの顔や中世の彩色をより鮮明に捉えることができました。舞台美術は、ヘアマン・ヴァルムとジャン・ユーゴーが担当し、中世の細密画を参考に、ルーアンの城塞を再現しました。セットは、遠近法を使わない中世絵画のスタイルに合わせて作られ、独特なプロポーションを持つ建物が特徴的です。

公開とフィルムの消息

この映画は、1928年4月にデンマークで最初に上映され、同年10月にはフランスでも公開されました。しかし、カトリック教会の意向により、改変された形でしか上映されませんでした。オリジナルネガは火災で失われましたが、未使用ネガを基に再編集された第二版が制作されました。その後、様々な版のプリントが世界中に散逸し、長らくオリジナル版を観ることが困難な状況が続きました。しかし、1981年にノルウェーで発見されたオリジナル版プリントが上映され、その存在が再び注目を集めました。その後、日本でもオリジナル版が公開され、DVDも発売されています。

評価

この映画は、公開当初から賛否両論がありましたが、その独特な表現方法と芸術性の高さから、映画史に残る傑作として評価されています。特に、内田岐三雄は「識者の必ず一見を要すべきもの。この数年間に於ける最良の映画の一つはこれである」と絶賛しました。しかし、ロベール・ブレッソンは、この作品の表現主義的な手法を批判し、真実がないと指摘しました。一方で、大島渚は、ドライヤー監督の映画監督としての狂気を感じ、神を見ようとしたのではないかと分析しました。また、ジャン・ルノワールは、ドライヤー監督の理論を超越した創造性を高く評価しました。

結論

『裁かるるジャンヌ』は、ジャンヌ・ダルクの裁判という歴史的な出来事を、独自の映像表現で描き出した映画史に残る傑作です。ドライヤー監督のこだわり抜いた演出、ファルコネッティの鬼気迫る演技、そしてルドルフ・マテの撮影技術が見事に融合し、観る者に強烈な印象を与えます。この映画は、単なる歴史劇ではなく、人間の精神の深淵を描いた芸術作品として、今後も語り継がれることでしょう。

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