ピエール・コーション

ピエール・コーション：ジャンヌ・ダルク裁判の影の立役者

ピエール・コーション(1371年頃-1442年)は、15世紀フランスを揺るがした百年戦争期に活躍した聖職者です。ランス生まれとされ、出自は不明ながら、農民の子息とする説や貴族の子息とする説など、諸説があります。確かなのは、甥にイングランド王ヘンリー6世の秘書ジャン・ド・リネルがいたことのみです。

コーションは教会法学士としての高い法律知識と優れた弁論術を買われ、華々しい経歴を歩みます。パリ大学学長、ランスとボーヴェの参事会員、ランス・ノートルダム大聖堂司教代理などを歴任しました。特にパリ大学における要職を多く務めたことが、彼の後の行動に大きな影響を与えました。

若き日のコーションは、ブルゴーニュ公フィリップ豪胆公の周辺で活動し、政治的混乱の中で台頭します。1413年のカボシュの反乱では、反乱に加担したことでパリから追放される経験もしています。その後もブルゴーニュ派としてコンスタンツ公会議に出席するなど、ブルゴーニュ公の信任を得て、様々な要職を歴任しました。

オルレアン公ルイ暗殺を正当化するジャン・プティの主張を支持したり、シャルル皇太子(後のシャルル7世)の王位継承権を否定するトロワ条約の起草に関与したりするなど、彼の活動は政治的、宗教的側面が強く結びついていました。1420年にはボーヴェ司教に任命されますが、これはパリ大学との繋がりを維持する上で重要な地位でした。

ジャンヌ・ダルクの台頭は、コーションの運命を大きく変えました。ジャンヌがオルレアンを解放し、シャルル7世をランスに導いた出来事の後、コーションはランスからルーアンへと逃れ、イングランド勢力圏へと身を寄せます。

1430年5月、ジャンヌがブルゴーニュ派に捕虜となると、ボーヴェ司教であるコーションは、イングランドが彼女を買い取る仲介に入り、更に自身を裁判長とする異端審問を行うことに成功します。この裁判はベッドフォード公ジョンらのイングランド側の強い意向が働いており、コーションは彼らの思惑に沿って裁判を進めていくことになります。

ジャンヌ・ダルク異端審問：コーションの策略

ルーアンで行われた裁判では、コーションはまずジャンヌに「教会の教えや汝の知っている全てのことについて、問われたことに真実を述べると宣誓しなさい」と要求します。しかし、ジャンヌは「神が私に与えた啓示は我が王シャルルにしか打ち明けることはできません」と応じ、裁判は難航します。

審理は公開と非公開を繰り返しながら進められ、コーションはジャンヌの幻聴、男装、神託、さらには教皇への忠誠心など、あらゆる面から追及します。ジャンヌの証言は、コーションの予想をはるかに超えるものでした。彼女の強い信仰と信念は、裁判官たちを揺るがすほどだったと言われています。

コーションは、ジャンヌの言動から12箇条の罪状をまとめます。それらは、予言、男装、聖女との交信、教会への不服従など多岐に渡り、最終的には「教会に服従しないジャンヌは教会の外におく」という結論へと導かれます。

コーションは、ジャンヌの改心を試みますが、ジャンヌは最後まで自らの信仰を曲げませんでした。しかし、火刑執行直前、ジャンヌは恐怖に屈して教会への服従を宣言し、一時的に処刑は回避されます。しかし、その後、男装の衣服を着用したことが「教会への不服従」とされ、ジャンヌは世俗裁判に引き渡され、火刑に処されてしまいます。

裁判後のコーションと歴史的評価

ジャンヌの死後も、コーションはイングランド派として活動し、ヘンリー6世の戴冠式に出席したり、政治交渉に関わったりします。1442年、ルーアンで死去し、リジューのサン＝ピエール・ド・リジュー聖堂に埋葬されました。

ジャンヌの復権裁判では、コーションの遺族が彼の行動について弁明しますが、その責任はイングランド側にあると主張しました。1931年には偶然彼の遺体が発見されましたが、目立たないように埋め戻されたとのことです。

コーションは、百年戦争という激動の時代を背景に、複雑な政治的思惑の中で行動した聖職者でした。ジャンヌ・ダルク裁判における彼の役割は、今日でも様々な議論を呼び起こし続けており、歴史の影の部分を象徴する存在として記憶されています。彼の生涯は、宗教、政治、そして個人の信念が複雑に絡み合った、非常に興味深い事例と言えます。

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