西山物語

西山物語：江戸後期の読本とその評価

『西山物語』は、1768年（明和5年）に刊行された建部綾足の読本です。全3巻からなるこの作品は、江戸時代の須原屋市兵衛・三宅屋判兵衛（江戸）、銭屋七郎兵衛・文台屋太兵衛（京）から出版されました。

物語の基底にあるのは、1767年（明和4年）12月、京都で発生した源太騒動という実事件です。この騒動を題材に、著者は『万葉集』からの歌を数多く引用した擬古文で物語を展開しています。

あらすじは、京都西山に住む武士、大森七郎が先祖の遺品である楠木正成の刀を取り戻すことから始まります。刀の所持をきっかけに、七郎は様々な怪異現象に遭遇しますが、動じることなく事態に対処します。物語は、七郎の妹・かへとその従兄弟である八郎の息子・宇須美の恋愛関係を軸に展開します。七郎は二人の結婚を八郎に申し出ますが、拒絶されます。この拒絶に激怒した七郎は、かへを殺害するという衝撃的な行動に出ます。その後、宇須美の夢に現れたかへ亡霊によって、八郎が結婚を反対した真の理由が明らかになります。それは、占いが二人の結婚に不吉を告げたためでした。最終的に、両家は和解し、物語は平和な結末を迎えます。

ほぼ同時期に成立した『雨月物語』と比較すると、『西山物語』は古典的な言葉遣いを用いながらも、事件発生からわずか1ヶ月後に執筆されたという、当時の世相を反映した側面を持っています。登場人物造形は通俗的で、当時の流行していた浄瑠璃の影響も色濃く残っています。

同時代の戯作者である上田秋成は、『西山物語』を「よき人をあやまついたづら文」（『ますらを物語』より）と批判的に評価しました。後世においても、支配階級の論理を賛美しているという批判的な見解が提示されるなど、文学史上の評価は必ずしも高いとは言えません。しかしながら、『西山物語』は物語の多様な展開や登場人物の内面描写に古文の引用を効果的に用いている点、そして著者の注釈（自文自註）が作品に含まれている点が注目に値します。これらの特徴は、この作品に独自性と近世文学史における意義を与えていると評価する声もあります。特に、自註で引用されている文献は、『日本書紀』『万葉集』『古事記』そして『源氏物語』が大部分を占めています。

建部綾足による『西山物語』は、古典的な表現と現代的な事件、そして独特の構成と自註を特徴とする、江戸時代後期の読本として、その文学史における位置づけについて、現在もなお議論が続けられています。この作品は、当時の社会状況や文学的傾向を理解する上で貴重な資料となっています。

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