西赤尾町村長右衛門

西赤尾町村長右衛門

西赤尾町村長右衛門（にしあかおまちむら ちょうえもん）は、江戸時代に越中国五箇山、現在の富山県南砺市にあたる西赤尾町集落に暮らした百姓である。苗字は藤井であったが、当時の古文書には主に「西赤尾町村長右衛門」として記されている。長右衛門家は塩硝（火薬の原料となる硝石）を製造する「上煮屋」を家業とし、五箇山内で屈指の豪農として知られていた。特に、現在五箇山最大の合掌造り家屋であり、国の重要文化財に指定されている岩瀬家住宅は、もとはこの長右衛門家によって築かれたものである。

家の成立と塩硝業の歩み

長右衛門家の起源については、残念ながら明確ではない。しかし、地元の言い伝えや伝わる法名から、16世紀以降に興り、初代は17世紀末から18世紀初頭の人物であったと推定される。家は家業である塩硝製造によって財を成し、発展した。古い記録によれば、1742年（寛保2年）にはすでに煮屋として活動していたことが確認できる。

江戸時代後期には、五箇山の塩硝産業における中心的な存在となり、19世紀初頭にあたる文化年間（1804年〜1818年）には、煮屋を代表する「上煮屋惣代」として藩との交渉役も担うようになった。生産過多による藩の買い控えへの対応や、塩硝の藩外への不正流出問題など、塩硝の生産・流通を巡る様々な藩政に関与した記録が残されている。

地域での役割と最盛期

長右衛門家は経済活動に加え、地域社会でも大きな影響力を持っていた。本願寺からの書状下付への関与や、寺院関連の費用を貸し付けるなど、有力者として地域の活動を支えた記録も残っている。

経済的な最盛期は1839年（天保10年）頃であった。この時期の「被取揚高」（年貢負担や資産を示す数値）は五箇山全体の中でも際立っており、同じく豪農であった岩渕村伊右衛門家、中田村助九郎家と合わせると、五箇山の総資産の半分以上を占めるほどであった。

高方仕法による没落

しかし、長右衛門家の繁栄は突如として終わりを迎える。1840年（天保11年）、前年の天保の大飢饉を契機に加賀藩が施行した「高方仕法」という改革により、豪農たちが持つ多くの資産、特に貸付金などから得る権利（掛作高、質入高）が藩によって強制的に没収されたのである。これにより、長右衛門家は急速に財産を失った。当主の散在が原因とする伝説も残っているが、研究者からは、この政策的な要因が没落の主因であったと指摘されている。

その後、長右衛門家はかつてのような財産を回復することができず、明治維新後も衰退は続いた。1839年（天保10年）時点で五箇山内で第2位だった持高は、1871年（明治4年）には第7位まで減少した。

岩瀬家住宅へ

長右衛門家の衰微は1873年（明治6年）に決定的となり、かつての壮麗な住居は他の家、すなわち現在の岩瀬家の手に渡ることとなった。現在、五箇山の歴史を伝える貴重な文化財として知られる岩瀬家住宅は、西赤尾町村長右衛門家が築いた往時の繁栄と、その後の激動の歴史を伝える遺産となっている。

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