観光丸 (宇宙船)

観光丸（かんこうまる）

「観光丸」とは、日本の宇宙開発における民間宇宙旅行の黎明期に提唱された、先進的な宇宙船の概念です。1993年に日本ロケット協会によって発表されたこの構想は、再使用可能な宇宙旅行用宇宙船の実現を目指すものでした。その名称は、幕末に日本に寄贈され、国の近代化に貢献した日本初の本格的な蒸気船「観光丸」にちなんで名づけられ、宇宙時代の新たな船出を象徴していました。

構想の概要と特徴

観光丸構想の中核をなすのは、単段式宇宙輸送機（SSTO: Single Stage To Orbit）という極めて挑戦的な設計思想です。これは、打ち上げから軌道到達までを単一の機体で行うというもので、ロケットの多段分離が不要となることで、運用の大幅な簡略化とコスト削減を目指すものでした。

機体の形状は、直径約18メートル、全長約22メートルという、まるでドングリのような独特な形をしており、離着陸方式には、機体底部に配置されたエンジン群を使用して垂直に離着陸を行う垂直離着床（VTVL: Vertical Takeoff, Vertical Landing）方式を採用する予定でした。推進剤には、将来的なロケット推進の主流と見られていた液体水素と液体酸素の組み合わせを想定し、機体を取り囲むように円周上に12基のロケットエンジンを配置する設計でした。

搭乗定員は54名と、当時としては非常に大規模な旅客輸送能力を持つとされました。機体本体とペイロードの合計重量は約60トン、これに約495トンの推進剤が加わり、離陸時の総重量は約550トンに達すると見積もられていました。

飛行計画としては、高度約200キロメートルの地球周回軌道に到達し、およそ3時間で地球を2周する軌道飛行を行うことが想定されていました。これは、大気圏突入・離脱を繰り返すだけの弾道飛行（準軌道飛行）とは異なり、本格的な宇宙空間での滞在と地球周回を目指すものでした。

経済性と実現への課題

観光丸構想の大きな魅力は、その実現による経済効果でした。1995年時点での試算では、試作機を含めた総開発費用は約2兆6,700億円と莫大な額でしたが、再使用が可能になることで、将来的には乗客一人あたり300万円程度という、当時の航空運賃に比較しても現実的な範囲での宇宙旅行費用が実現できると予測され、多くの人々に宇宙旅行の可能性を示す画期的な提言となりました。

しかし、この壮大な構想には、当時の技術水準では極めて困難な課題が山積していました。特に、SSTOという形式で軌道に到達し、かつ再使用に耐えうる高性能で極めて軽量な機体構造の実現は、最大の技術的障壁でした。構想発表の時点では、これらの技術的な困難を克服するための具体的なブレークスルーとなる技術や手法が明確に示されていなかった点が、後に専門家から技術的な実現可能性に対して批判を受ける要因となりました。

実際、類似のSSTO開発を目指したアメリカ航空宇宙局（NASA）のベンチャースター計画も、実験機であるX-33の開発段階で、複合材燃料タンクの強度不足などによる機体軽量化目標の未達成といった技術的な問題に直面し、計画が最終的に打ち切られています。これは、観光丸構想が直面したであろう技術的困難さの深刻さを示す事例と言えます。

前段階構想「宇宙丸」

観光丸構想と並行して、より早期の実現を目指す前段階のステップとして「宇宙丸」構想も提唱されました。これは、麻布大学のパトリック・コリンズ教授が提案したもので、観光丸のような軌道飛行ではなく、高度約100キロメートルに到達して短時間（約5分間）の無重力状態を体験する準軌道飛行を目的とした再使用型宇宙船でした。

宇宙丸は、観光丸よりも小型の円錐形をしており、直径約5.4メートル、全長約8.5メートルと想定されていました。推進剤には液体水素・酸素を使用し、宇宙科学研究所が進めていたRVT（再使用ロケット実験）の技術を基盤とすることが提案されました。ロケットエンジンは4基を搭載し、最高速度は秒速約2キロメートルに達すると見込まれていました。

宇宙丸の定員は5名以上とされ、その目標は、後の2004年にスケールド・コンポジッツ社がスペースシップワンで達成し、Ansari X Prizeを獲得した民間による準軌道宇宙飛行とほぼ同じレベルを目指すものでした（スペースシップワンの定員は3名）。

開発期間は3年、開発費用は100億円から300億円以下と見積もられており、最終的には一人あたりの旅行費用が30万円から50万円にまで低下すると予測されていました。これは、商業宇宙旅行の黎明期における実現可能な目標として提示されたものであり、実際にAnsari X Prizeを獲得したスペースシップワンの開発費が約2,500万ドル（当時のレートで約28億円）であったことと比較しても、現実的な範囲での提案であったと言えます。

まとめ

観光丸構想は、当時の日本の技術力や経済状況を考慮すると、非常に壮大で先駆的なものでしたが、SSTOによる軌道飛行という技術的なハードルの高さから、残念ながら具体的な開発・実現には至りませんでした。しかし、将来的な宇宙旅行や、繰り返し使用できる再使用型ロケットシステムに対する可能性を明確に示し、日本の宇宙開発における夢と目標を提示した点で、重要な意義を持つ提言でした。また、より現実的なステップとしての宇宙丸構想も、民間の手による宇宙旅行が現実のものとなる数十年前に、その可能性と経済性を具体的に示したものとして評価できます。これらの構想は、日本の宇宙開発史において、未来への希望と現実的な課題が交錯した興味深い一幕を物語っています。

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