角田喜久雄

角田喜久雄（つのだ きくお）は、1906年5月25日に神奈川県横須賀市で生まれ、1994年3月26日に逝去した日本の小説家です。特に奇想天外な物語と剣戟、そして推理の要素を巧みに融合させた伝奇小説、および論理的な謎解きを重視した探偵小説の分野で、昭和期を通じて長く活躍しました。国枝史郎と並び、「伝奇小説」というジャンルを確立した一人として知られています。

生い立ちと文筆の始まり

幼少期に東京・浅草へ移り、幼い頃から文学に深い関心を示しました。日本の古典や海外文学を幅広く愛読し、学生時代にはすでに雑誌への投稿を行っていました。旧制中学時代に雑誌懸賞への応募が入選し、文筆への意欲を固めます。同時期にシャーロック・ホームズに触れたことで探偵小説に傾倒し、1922年に「毛皮の外套を着た男」で作家デビューしました。関東大震災という困難を経てなお執筆を続け、1925年の雑誌懸賞入選を経て、翌年には「発狂」で第1回サンデー毎日大衆文芸賞を受賞。作品集『発狂』を刊行し、文壇での地歩を築きました。この頃、江戸川乱歩や横溝正史ら当時の探偵作家たちと交流しています。東京高等工芸学校卒業後、一時海軍水路部に勤務しましたが、後に作家専業へと転じます。

伝奇小説の旗手

海軍勤務中の1929年に初の時代小説「倭絵銀山図」を連載開始。そして、1935年からの雑誌『日の出』での「妖棋伝」連載により、一躍人気作家の仲間入りを果たしました。特に、将棋を題材に推理要素を取り入れた1938年連載の「風雲将棋谷」は『講談倶楽部』を代表する作品となり、伝奇作家としての評価を確立します。「髑髏銭」など奇想に富んだ作品を次々と発表し、国枝史郎と共に「伝奇小説」ジャンルを確立する上で重要な役割を果たしました。作家としての成功は経済的な安定をもたらし、1939年には海軍を辞して専業作家となります。戦中も『講談倶楽部』などで人気連載を続けましたが、時節柄、現代小説も手がけました。

戦後の活動と探偵小説

戦後、角田は探偵小説の分野で顕著な功績を残します。1946年に執筆された「高木家の惨劇」は、翌年発表されると江戸川乱歩に絶賛され、戦後の「本格ミステリ第一の波」の代表作の一つと評価されました。以降も、論理的な謎解きを重視した探偵小説を多数執筆。1958年には「笛吹けば人が死ぬ」で第11回日本探偵作家クラブ賞短編賞を受賞しました。警視庁の加賀美敬介警部シリーズ（『高木家の惨劇』『奇蹟のボレロ』など）や、新聞記者の明石良輔シリーズ（『虹男』など）といった人気シリーズを生み出しています。また、1954年から1960年まで日本探偵作家クラブの副会長を務めるなど、探偵小説界の発展に尽力しました。同時期には心理スリラー風の作品も手がけています。

時代小説の執筆も再開し、大岡越前配下の同心・水木半九郎が活躍する「恋慕奉行」「半九郎闇日記」などの＜半九郎四部作＞は、捕物帳シリーズとして人気を博しました。

文壇での交流も広く、司馬遼太郎を初期に激賞したエピソードや、海野十三との共作名義、推理作家たちとの交流グループ「例の会」など、様々な活動に関わりました。将棋は段位を持つほどの腕前で、作家仲間との将棋会をしばしば開催しています。1975年頃に創作活動から退き、1994年にその波乱に富んだ生涯を閉じました。

主な作品

伝奇小説: 『妖棋伝』、『髑髏銭』、『風雲将棋谷』、『鍔鳴浪人』、『妖異忠臣蔵』など。
探偵小説: 加賀美捜査一課長シリーズ（代表作：『高木家の惨劇』、『奇蹟のボレロ』）、明石良輔記者シリーズ（代表作：『虹男』）、初期短編集『発狂』、「笛吹けば人が死ぬ」など。
* 時代小説: 水木半九郎シリーズ（代表作：『恋慕奉行』、『半九郎闇日記』）、女形同心鳥飼春之助シリーズ（代表作：『怪異雛人形』）、緋鹿子のお紋シリーズ、『いろはの左近捕物帳』など。

その独創的な物語とキャラクターは多くの人々を魅了し、数々の作品が映画やテレビドラマとして映像化されています。角田喜久雄は、伝奇小説と探偵小説という二つの分野で独創的な世界を築き上げ、日本の大衆文学に大きな足跡を残した作家として、今なおその作品は多くの読者に愛されています。

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