証拠保全

証拠保全（しょうこほぜん）

証拠保全とは、将来行われる裁判手続きなどで証拠として利用するために、その証拠を事前に確保・調査しておく手続きを指します。特に、時間経過などによって証拠が失われたり、その性質が変化したりする可能性があり、裁判の期日までに証拠調べを行うことが困難になると見込まれる状況で活用されます。

日本における証拠保全の制度

日本の法制度においては、主に民事訴訟と刑事訴訟において証拠保全の手続きが定められています。いずれの場合も、「あらかじめ証拠に関する調査（証拠調べ）を行っておかなければ、後になってその証拠を裁判で使うことが著しく困難になる」という特殊な事情がある場合に、口頭弁論や公判が始まる前の段階で、例外的に証拠調べを実施することを目的としています。

民事訴訟における証拠保全

民事訴訟法第234条に規定されており、裁判所は、将来の期日における証拠の使用が困難になると認められる事情がある場合、当事者からの申し立てにより、証人や当事者への尋問、現地や物の確認（検証）、書類の確認（書証の取調べ）といった証拠調べを行うことができます。

この申し立ては、通常はまだ訴えを裁判所に提出する前に行われますが（民事訴訟法235条2項）、すでに訴えが提起された後でも行うことが可能です（同条1項）。

かつては、証人が高齢や病気で期日まで待てば証言できなくなる場合や、海外に渡航してしまうといった状況が典型的な利用例とされていました。しかし、近年では、関係者によって証拠書類が書き換えられたり隠されたりする、いわゆる「改ざん」のおそれがある場合にも広く認められる傾向にあります。

特に医療訴訟においては、患者側が訴訟提起の準備をする段階で、病院などが保管する診療記録（カルテ）の改ざんリスクを懸念し、医師や医療機関を相手方として証拠保全を申し立てるケースが一般的です。裁判所が病院などを訪問してカルテを確認し、コピーを取るなどの検証手続きが中心的な利用形態となっています。保全されたカルテの内容を詳しく検討した上で、実際に訴訟を起こすかどうかを最終的に判断することが多いと言われています。

刑事訴訟における証拠保全

刑事訴訟法第179条第1項に定められています。これは、被疑者やその弁護人、または被告人やその弁護人が、将来の公判で証拠として使いたいものが、そのままでは後日使用するのが困難になると見込まれる場合に、第1回公判期日が始まる前であれば、裁判官に対して証拠保全のための処分を請求できる制度です。

請求できる処分には、証拠品の押収、場所の捜索、現場や物の検証、証人尋問、鑑定などがあります。

この制度の趣旨は、捜査機関が持つ強制的な捜査権に対抗しうる手段を持たない被疑者や弁護人の防御権を保障することにあります。しかし、実際の活用例は民事に比べると多くないようです。具体的な利用例としては、捜査段階で捜査員から暴行を受けたと主張する被疑者が、傷が回復して見えなくなる前に身体の検証を求める場合や、アリバイを証明できる証人が重い病気で、公判時まで生存または証言できるか不確実な場合に、公判前にその証人尋問を行うケースなどが挙げられます。

捜査機関が収集・保管する証拠に対する証拠保全

捜査機関が既に集めて保管している証拠について、被疑者や弁護人が証拠保全の手続きを使って開示を求めることができるかという点が争われた最高裁判例があります。最高裁判所は、特別な事情がない限り、捜査機関が保管している証拠は刑事訴訟法第179条に定める証拠保全の手続きの対象とはならないとの判断を示しました（最高裁平成17年11月25日決定）。これは、捜査機関の手持ち証拠については、他の制度（例：公判段階での証拠開示）によって対応されるべきであるという考え方に基づいています。

関連法規

民事訴訟法
刑事訴訟法

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