医療訴訟

医療訴訟とは

医療訴訟とは、医療行為の適否、医療行為と患者に生じた結果（死亡・後遺障害など）との因果関係、損害の有無と額などが争点となる民事訴訟のことです。医事関係訴訟、医療過誤訴訟とも呼ばれます。刑事訴訟では、医療行為上の過失が業務上過失致死傷罪に問われることがあります。

各国の状況

アメリカ合衆国

アメリカでは、1970年代から医療過誤訴訟が深刻な社会問題となっています。懲罰的損害賠償を認める判決により賠償金額が高額になりやすく、医師は高額な保険料を支払って過誤保険に加入せざるを得ない状況です。1975年には医療過誤訴訟による医療危機が発生し、カリフォルニア州では賠償額の上限を定める医療被害補償改革法が制定されました。現在も医療危機は継続しており、不法行為改革法により、訴訟の制限や損害賠償額の上限設定などが行われています。

フランス

フランスでは、公立病院に対する訴訟は行政裁判、私立医療機関に対する訴訟は民事裁判となります。2000年7月10日法では、医療従事者が直接損害を引き起こした場合のみ立証義務はなく、間接的過失の立証責任は患者側にあるとされました。2002年には「患者の権利および保健衛生システムの質に関する法律」が制定され、無過失補償、鑑定制度の整備が進められています。CRCI（地方医療事故紛争調停・補償委員会）とONIAM（国立医療事故補償公社）が設立され、紛争解決の窓口を一本化し、専門家による迅速な処理を目指しています。

スウェーデン

スウェーデンでは、1975年にPatient Compensation Systemが設立されました。これは、医療側の責任の有無を問わず被害患者に補償金を支払うPCIと、医師医療規範を制御するMRBの二つの柱から成ります。患者は簡単な申請書を提出するだけで補償を受けられ、訴訟に発展するケースは少ないです。

ニュージーランド

ニュージーランドでは、2002年より政府機関である事故補償公団（ACC）が補償を行っており、財源は政府一般税収です。

日本の状況

日本では、医療行為の適否が問題となる訴訟を医療訴訟と呼びます。近年、医療訴訟がマスコミで大きく取り上げられるようになり、医療行為上の過失につき刑事責任を問う刑事訴訟が注目されがちですが、訴訟事件の大半は損害賠償請求の形をとる民事事件です。医療訴訟の増加に対応するため、2001年4月、東京、大阪の両地方裁判所において、医療訴訟を集中的に取り扱う医療集中部が設けられました。

医療訴訟の手続き

医療訴訟は、基本的には一般の民事訴訟の手続きと同じ流れで進行します。専門的な知見を要するため、鑑定を行う場合が多く、患者側が訴訟提起前に証拠保全を行うことが多いのが特徴です。

医療訴訟に関する統計

医療訴訟の事件数は、平成16年度をピークに減少傾向にあります。平均審理期間は短縮されていますが、一般の民事訴訟と比べると長い時間を要します。医療訴訟集中部では、全国データと比べて審理期間の短縮が認められますが、鑑定を要する事件では依然として審理期間が長いです。

医療訴訟における鑑定

医療訴訟では、裁判官が医療の専門家ではないため、医師などを鑑定人として選任し、専門的な意見を聴く必要が生じます。鑑定には、書面鑑定、共同鑑定、カンファレンス鑑定、口頭鑑定などの方法があります。近年では、鑑定人に過度に依存しない形での医療訴訟が実現されていますが、鑑定制度の改善は依然として課題です。

医療訴訟における過失の判断基準

医師の過失の有無は、「診療当時の臨床医学の実践における医療水準」に照らして判断されます。医療機関に求められる医療水準は、その性格や地域の医療環境などを考慮して判断されます。医療慣行は医療水準と一致する場合が多いですが、医療慣行＝医療水準ではありません。裁判所の判断が、医療現場の「医療慣行」を左右し、「医療水準」に影響を及ぼしているとの指摘もあります。

医療訴訟と賠償金

医療機関または医師の損害賠償義務が確定した場合、保険会社が保険金として損害賠償の支払いを行うのが通常です。近年の医療過誤訴訟件数の増加と賠償金の高額化により、医療過誤訴訟保険が危機に瀕しています。

医療訴訟と刑事事件

数は少ないものの医療事故は刑事問題となり、医師が業務上過失致死罪に問われることがあります。医療行為の結果が業務上過失致死罪として立件されることに対しては、医療側の反発があり、防衛医療や医学の発展を遅らせるという批判もあります。医療事故調査委員会設立に向けた議論が活発化しています。

医療訴訟の問題点

医療訴訟の結果が医療過誤を防止する努力や医療の質の向上をめざす努力を奨励することは期待しえず、むしろ医療者に訴訟に負けない努力を優先させることになります。訴訟は救済制度として機能していないだけでなく、医療過誤の防止という観点からも矛盾だらけの制度と考えられています。

医療訴訟外の紛争解決方法

医療紛争を訴訟外で解決しようという機運が高まっています。ADR（裁判外紛争解決手続）の例としては、仲裁やあっせんなどがあります。医療メディエーションは、紛争の発生後できるだけ早期に当事者同士の会話を促進することで、納得のいく創造的な合意と関係再構築を支援します。無過失補償制度は、重篤な障害を生じた患者に対して、医療者の過失の有無に関わらず補償することを目的とした制度です。

医療事故調査委員会

医療裁判の限界を超え、社会制度に対する信頼を取り戻し医療崩壊を防止しよう、との観点から、現在中立的な第三者機関としての医療事故調の可能性について論議されています。

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