譜代下人

譜代下人（ふだいげにん）

譜代下人は、江戸時代の近世農村社会において存在した、特定の主家に従属する人々を指します。彼らは譜代奉公人とも呼ばれ、単なる雇用関係ではなく、人身的な隷属の下に置かれ、永代にわたって、さらにはその子孫も世襲的に主家への労働奉仕を行う義務を負っていました。

多様な呼称と実態

譜代下人には地域によって様々な呼び方がありました。例えば、東北地方などでは「家抱（けほう）」や「門屋（もんや）」、関東地方では「庭子（にわこ）」や「内百姓（うちびゃくしょう）」、近畿地方では「名子（なご）」、九州地方などでは「被官（ひかん）」や「分付（ぶんづけ）」といった名称が用いられました。これらの名称は、彼らが主家の敷地内に住み込んだり、主家の庇護下に置かれたりといった関係性を反映しています。

また、譜代下人の夫婦から生まれた子や、主家の屋敷内で生まれた私生児は「釜子（かまご）」や「竈子」、「釜譜代」、「竈譜代」あるいは「庭子」と呼ばれることもありました。これは彼らが主家の囲炉裏（かまど）の側で育つという環境に由来する呼び方です。

彼らの主家への従属の度合いも一様ではありませんでした。文献に見られる事例からは、独立した生計を立てて主家から土地を借りて高額な小作料を納める、より小作人に近い形態の人々から、主家の屋敷内に住み込み、文字通り主人の指揮の下で田畑を耕す、奴隷的な性格の強い人々まで、幅広い実態があったことが分かっています。

成り立ちとその背景

譜代下人の起源には複数の説があります。一つには、中世以来の下人制度の流れを汲む人々の子孫であるという考え方があります。もう一つは、戦国時代から江戸時代初期にかけての社会的な混乱期に、戦乱による「乱妨取（らんぼうどり）」と呼ばれる誘拐や、飢饉などによる困窮から人身売買によって零細農民などが獲得され、隷属的な身分に置かれたというものです。

江戸幕府は、支配体制の確立を目指す中で、原則として人身売買を禁止する法令を度々出しました。しかし、当時の農村社会では、耕地を持たないか、ごくわずかな土地しか持たない零細農民が生活に行き詰まる一方、広大な土地を持つ本百姓層は労働力不足に悩まされていました。こうした状況下で、零細農民は生活の糧を得るために自らを売るかわりに主家への従属を選び、本百姓側は安定した労働力を確保するために彼らを迎え入れるという、双方の利害が一致する形で、農村部における人身売買やそれに基づく隷属関係が半ば公然と行われていたのです。

質券奉公人の出現と衰退

幕府による人身売買への規制が強化されると、これを回避するための一種の脱法的な形態として「質券奉公人（しちけんほうこうにん）」が現れました。これは、借金の「質（しち）」として人身を差し出すという建前のもので、質券に記載された借入金が事実上の人身価格であり、借金の利息や元本の返済は奉公期間中の労働によって充当されるとされました。借金が返済されない限り、奉公人の身柄は終身にわたって質取主（主家）に拘束される仕組みであり、これは実質的には質を装った人身売買、すなわち譜代下人と同義でした。

江戸時代中期以降、農業経営が安定し、生産性が向上した地域では、譜代下人や質権奉公人を小作人として扱ったり、期間を定めた年季奉公人に切り替えたりする動きが見られるようになりました。しかし、農業技術の発展が遅れた地域などでは、幕末まで譜代下人のような隷属的な労働者が存在し続けました。

幕府の姿勢と終焉

幕府や各藩は、建前上は人身売買やそれに類する行為を禁じていましたが、実際のところ、農村の安定が年貢収入の安定につながるという事情から、労働力確保の一環としての譜代下人の存在を黙認していた地域も少なくありませんでした。

この譜代下人という身分に終止符が打たれたのは、明治維新後のことです。1872年（明治5年）に大蔵省から出された達第118号「各地ノ風習旧慣ヲ私法ト為ス等申禁解禁ノ条件」により、譜代下人（特に家抱）のような奴隷的な身分からの解放と、それらの呼称の使用禁止が命じられ、長く続いた譜代下人の歴史は終わりを迎えました。

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