貌鳥

貌鳥：源氏物語の謎めいた巻名

「貌鳥（かおどり）」は、源氏物語に関連する謎めいた言葉です。現行の源氏物語五十四帖には存在しない巻名であり、その存在と意味をめぐって、様々な解釈が提示されています。

「宿木」との関係性

多くの研究者は、「貌鳥」を源氏物語第49帖「宿木」と関連付けています。「宿木」の異名とする説が最も有力で、『紫明抄』や『河海抄』といった古注、『源氏大鏡』や『源氏小鏡』といった梗概書も、貌鳥を「宿木」の別名として扱っています。高松宮家本源氏物語では、「宿木」巻末に「一名貌鳥」と注記され、それぞれの巻名に合わせた歌が記されている点が、この説を支持する根拠となっています。

しかしながら、「貌鳥」を「宿木」とは別の巻とする文献も存在します。『源氏秘義抄』、『源氏抄』、『光源氏抜書』などがその例です。これらの文献では、「貌鳥」を「宿木」に続く巻、もしくは独立した巻として扱っていると考えられます。

特に興味深いのは、「為氏本源氏物語系図」と「神宮文庫本古系図」です。これらの系図では、「かほとりの巻」と「やどりきの巻（宿木）」が別々に記載されています。さらに、「為氏本源氏物語系図」は巻名目録に「かほとりやとりき」と記し、帖数を55帖としていることから、これらの系図が元にした源氏物語には「貌鳥」と「宿木」が別々の巻として存在していた可能性が示唆されています。

並びの巻としての解釈

寺本直彦は、これらの異なる解釈を統合する仮説を提示しました。寺本は、「源氏物語における巻名の異名とは、かつて別々の巻であったものが一つの巻になったときの統合された方の巻の名前が残った痕跡である」という考え方を基に、「貌鳥」はかつて「宿木」に続く独立した巻（並びの巻）であったが、後に「宿木」と統合され、その際に「貌鳥」は異名として残ったと推測しています。

この仮説によれば、「貌鳥」には、現在の「宿木」には含まれていない、物語の重要な要素が含まれていた可能性があります。特に、浮舟の物語に関連する部分であった可能性が指摘されています。もし「貌鳥」に浮舟が登場する場面が含まれていたとすれば、それを抜き取ることによって物語の整合性が失われてしまうため、現行の「宿木」巻に組み込まれたと考えられます。これは、武田宗俊の並びの巻に関する説など、既存の解釈では説明できない点です。

まとめ

「貌鳥」は、現行の源氏物語には見られない巻名であり、その存在意義については未だに謎が残されています。「宿木」の異名とする説と、独立した巻とする説が共存し、その解釈は多岐に渡ります。しかし、これらの異なる解釈を検討することで、源氏物語の成立過程や、テキストの変遷を理解するための新たな視点が得られるでしょう。今後の研究によって、「貌鳥」の謎が解き明かされることに期待したいところです。

参考文献

寺本直彦「源氏巻名目録と「まきまきのちう」 目録と注と梗概書」、『源氏物語受容史論考』、風間書房、1970年
寺本直彦「源氏物語目録をめぐって　－異名と并び－」『文学・語学』通号第82号、1978年
* 寺本直彦「源氏物語目録続考　－「さむしろ」と「ならび」の一異説とについて－」源氏物語探求会編『源氏物語の探求　第四編』風間書房、1979年

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