古注

古注：古代から中世の注釈書

「古注（こちゅう）」とは、古い時代に作成された、または現在から見て古い注釈や注釈書を指す専門用語です。古注釈（こちゅうしゃく）とも呼ばれます。中国の古典、例えば『論語』をはじめとする経書や、日本の古典作品である『伊勢物語』『古今和歌集』『源氏物語』などにおいて、特定の画期的な注釈書以降の作品と対比的に用いられる概念です。後者を「新注」と呼びます。

古注と新注の定義

「古注」と「新注」の境界は、それぞれの分野で概ね定まっていますが、単純に「古い注釈」や「新しい注釈」という意味ではありません。研究史上の転換点となる特定の注釈書を境に、それ以前を「古注」、以後を「新注」と区別するのが一般的です。この転換点は分野によって異なり、明確な基準があるわけではありません。

古注の特徴

古注は、近代的な学問の基準とは異なる特徴を持っています。科学的な裏付けよりも、説の成立時期の古さや、説を唱えた人物の権威に正当性を見出している場合が多いです。また、神仏の働きを強調する神秘的な解釈も散見されます。例えば、『源氏物語のおこり』のような作品には、物語の成立を神仏の力によるものと説明する記述が見られます。

漢籍における古注

中国では、儒教の経書に注釈を付したものを「注」と呼びます。漢代から魏晋時代に成立し、『五経正義』や『十三経注疏』に収録された注釈を「古注」と呼び、南宋の朱子学の解釈に基づく注釈を「新注」と呼びます。科挙の試験科目として採用されたため、中国の士大夫層は古注や新注を通して経書を学んでいました。『礼記』には直接の新注はありませんが、朱子の解釈は『儀礼経伝通解』にまとめられています。漢籍における「古注」は、主に漢代から唐代にかけて、経書の訓詁を中心とした注釈を指し、宋学の朱熹による哲学的な解釈である「新注」と対比されます。

日本の古典作品における古注

日本における古典作品、例えば『伊勢物語』『古今和歌集』『源氏物語』などの注釈では、「古注」は、主に江戸時代前期までに成立した注釈を指します。歌学者、連歌師、公家などが中心となり、師弟関係を通じて伝承され、一般には公開されないことが多かったです。現代の視点から見ると、荒唐無稽な解釈も含まれることが特徴です（特に鎌倉時代から室町時代前期の注釈に多い）。近代以降の注釈と対比する場合、「古注」と「新注」を総称して「古注釈」ということもあります。

『源氏物語』における古注

『源氏物語』の注釈書では、「古注釈」と「古注」を区別することがあります。「古注釈」は江戸時代までの注釈全体を指す広い範囲ですが、「古注」は、より狭い範囲を指します。広義には『湖月抄』までの注釈ですが、狭義には藤原伊行の『源氏釈』（平安時代末期）から四辻善成の『河海抄』（室町時代初期）までの注釈を指します。広義の「古注」のうち、『花鳥余情』から『湖月抄』までは「旧注」と呼ばれることも多いです。国学成立以降の注釈は「新注」と呼ばれます。重松信弘は、『源氏物語』研究史を、狭義の古注、旧注、新注、明治以降の近代注釈の4期に分類しています。

古注の特徴（『源氏物語』注釈の場合）

『河海抄』までの『源氏物語』注釈（最狭義の「古注」）の特徴は以下の通りです。

写本への書き込みを元にした注釈が多い。
全体的に簡潔な注釈である。
語釈に重点が置かれ、語源にこだわり、一つの言葉に一つの意味しか認めない。（一条兼良の『花鳥余情』で批判された点）。
河内方の注釈書が中心である。
現行の54帖以外の巻への言及がある。

古注に含まれる注釈書

代表的な古注には、『源氏釈』『奥入』『水原抄』『紫明抄』『異本紫明抄』『原中最秘抄』『弘安源氏論議』『河海抄』などがあります。他に『雪月抄』『幻中類林』（『光源氏物語本事』）なども知られていますが、後の注釈書ではほとんど引用されていません。

参考文献

重松信弘『新攷源氏物語研究史』
伊井春樹『講座源氏物語研究 第3巻 源氏物語の注釈史』
吉森佳奈子「古注釈・梗概書」『講座源氏物語研究 第4巻 鎌倉・室町時代の源氏物語』
佐藤進,濱口富士雄、『全訳 漢辞海 第四版』
湯浅邦弘、『テーマで読み解く 中国の文化』

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