賄征伐

賄征伐（まかないせいばつ）とは

賄征伐とは、主に明治時代、寮に寄宿する旧制高等学校の生徒・学生が、賄（食事を提供する人）に対して起こした学校騒動です。当時の学生寮の食事内容に対する不満が主な原因で、学生生活における一種の抵抗運動として、日本各地で頻繁に発生しました。

賄征伐の内容

当時の寮食は、現在の感覚からすると決して満足できるものではありませんでした。学生たちは、提供される食事の量や質に対して強い不満を抱き、その不満をあらわにするために、様々な行動に出ました。例えば、以下のような行為が確認されています。

用意された米を全て食べ尽くし、更なる追加を要求する
机を激しく叩き、不満をあらわにする
* 茶碗や皿などの食器を投げつけ、破壊する

時には、賄方との間で暴力沙汰に発展するケースもありました。これらの行為は、単なる食生活への不満だけでなく、寮生活における様々な規制に対する鬱憤が形を変えて現れたものとも考えられています。また、学校や寮の改革を求める意思表示として行われたケースもあり、当時の学生にとって、賄征伐は一種の政治的な意味合いも持っていました。

著名人と賄征伐

賄征伐には、後世に名を残すことになった人物も多く関わっています。

司法省法学校正則科の事例

司法省法学校では、政府が学生一人当たり毎月4円50銭を食事代として負担していたにも関わらず、賄方による不正な着服があり、食事が金額に見合わないものでした。ある日、学生たちは夕食のご飯の量が少ないことに不満を爆発させ、騒動を起こしました。この騒動に対し、学校側は約20名の学生に禁足処分を下しましたが、学生たちは処分を受け入れつつも内心では納得せず、校長との間で論争となりました。

この事件をきっかけに、原敬（のちの総理大臣）が学生代表として学校側に抗議しましたが、校長は態度を変えませんでした。原は司法卿に直訴しましたが、事態は好転せず、最終的に原を含む16名が放校処分となりました。この事件は、当時の学生運動の激しさを物語るエピソードとして知られています。

南方熊楠の事例

博物学者として知られる南方熊楠も、共立学校時代に賄征伐に参加しています。熊楠は、仲間たちと協力して大量のご飯を食べ、賄方を困らせようとしました。彼は参加者の中で最も多い28杯ものご飯を平らげたと言われています。他の学生が騒いだり暴れたりする中で、熊楠はひたすら黙々と食べ続けたため、後に問題となった際、賄方から「乱暴はしない静かな人物」として擁護されたそうです。

正岡子規の事例

俳人・歌人として知られる正岡子規も、第一高等中学校の寄宿舎で賄征伐を行いました。子規は自身の随筆『筆まかせ』の中で、当時の状況を詳細に描写しています。それによると、当時の寮の食事は下宿屋よりはマシだが料理屋には遠く及ばない程度で、夕食の西洋料理も名ばかりのものでした。子規は、名前ばかりで実質が伴わないことに不満を感じ、仲間たちと賄征伐を決行しました。彼らは、賄に飯を持ってこさせては食べ、難癖をつけて米をひっくり返すなど、大騒ぎを繰り広げました。この事件で、子規以外の生徒は停学処分を受けましたが、子規は普段のおとなしい行いから咎めを受けませんでした。

自炊制への移行

度重なる賄征伐に対し、学校側も対策を講じる必要に迫られました。その結果、多くの学校で学生による自炊制度が導入されることになりました。東京農林学校では、高橋是清校長が学生に自炊または賄の監督という選択肢を与え、学生が後者を選んだことで、騒動が終息しました。第五高等中学校では、学校幹事が自炊制度を導入し、生徒が献立を作成・食材を購入する方法を取りました。この制度は学生から歓迎され、自主性と自覚を育むものとして評価されました。

旧制五高や旧制姫路高では、自炊制を開始した日を寮の記念日とし、式典を開くなど、特別な日として祝いました。学生たちは、自炊を通じて食生活の改善だけでなく、自治の精神も育んでいったのです。

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