趙無恤

趙襄子：策略と恩義の生涯

趙襄子（ちょうじょうし）、諱は無恤（むじゅつ）。春秋時代の晋において、その名を歴史に刻んだ傑物です。彼は、晋の有力氏族・趙氏の出身で、趙簡子（ちょうかんし）の末息子として誕生しました。しかし、彼の生涯は、決して平坦なものではありませんでした。

継承への道：予言と試練

趙簡子は、人相見として名高い姑布子卿に子供たちの将来を占ってもらいました。姑布子卿は、末息子の無恤のみが大成すると予言したものの、無恤の母は翟族出身という低い身分であったため、趙簡子はこれを聞き流しました。

その後、趙簡子は息子たちに試練を与えます。「常山の山頂に宝の符を隠した。見つけた者に褒美を与えよう」というものでした。多くの息子たちが失敗する中、無恤のみが「宝を見つけた」と報告しました。その答えは、「常山の山頂から代（だい）を見下ろせる。代は手に入れることができる」というものでした。この機知に富んだ返答によって、無恤は跡継ぎに選ばれ、兄である伯魯を差し置いて趙氏を継承することとなります。興味深いことに、兄の伯魯はこれを恨むことなく、むしろ無恤を支えました。無恤もまた、兄を深く敬愛していました。しかし、まもなく伯魯は病で亡くなってしまいます。

代の奪取と恩義

趙簡子が亡くなり、無恤が家督を継ぐと、彼は驚きの行動に出ます。喪服を脱ぐ間もなく、姉婿である代王を宴に招き、殺害して代を奪取したのです。この行為に激怒した姉は自害します。無恤は、幼い頃から可愛がっていた兄・伯魯の子である趙周（成君）に代の地を治めさせました。これは、兄への深い恩義の表れと言えるでしょう。

智氏との戦い：晋陽の攻防

その後、晋で最大の勢力を誇っていた智氏（ちし）の智瑶（ちよう）が、魏氏、韓氏と連合して趙氏の本拠地・晋陽を攻撃しました（晋陽の戦い）。智氏の圧倒的な兵力に、晋陽は落城寸前に追い込まれます。しかし、無恤は巧みな外交戦で魏氏、韓氏を味方につけることに成功しました。「智氏は強欲だ。私が滅ぼされた後、次は貴公らの番であろう」と説いたのです。この裏切りによって智瑶は敗死し、智氏は滅亡しました。この出来事は、晋の三分、そして戦国時代の始まりを告げるものとなりました。

この戦い後、智氏の旧臣・豫譲から二度も暗殺されそうになりますが、いずれも失敗に終わります。豫譲は、無恤の前で自害しました。このエピソードは、『史記』の「刺客列伝」にも記されている、有名な物語です。

後継者と最期

無恤は、兄である伯魯の恩に報いるため、その子である趙周を後継者にしようとしました。しかし、趙周が早世したため、その子の趙浣（ちょうかん）を後継者と定めます。紀元前425年、無恤は亡くなり、「襄」と諡されました。

後世への影響

無恤の死後、彼の息子たちは、趙浣を廃して趙嘉を当主に立てようとしますが、民衆の反発にあい、再び趙浣が当主となります。無恤の遺志は、様々な形で後世に影響を与え続けたのです。彼の生涯は、策略と恩義、そして時代の激動の中で翻弄された一人の人物像を私たちに示しています。

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