趙盾

趙盾：春秋時代の晋を影から操った男

趙盾(ちょう とん)は、中国春秋時代の晋(しん)で活躍した、謎多き政治家です。生没年さえ不明な点からも、その生涯は多くの謎に包まれています。姓は嬴(えい)、氏は趙、諱は盾、諡は宣。趙衰(ちょうすい)の長男であり、後の戦国時代の雄・趙氏の祖として知られています。趙宣子(ちょうせんし)、趙宣孟(ちょうせんもう)とも呼ばれ、晋政権の長きに渡り重きを担った人物として、その名を知られています。

複雑な出自と揺籃期の出来事

趙盾の父、趙衰は晋の文公(ぶんこう)・重耳(じゅうじ)に仕え、驪姫(りき)の乱後には重耳と共に亡命生活を送りました。放浪の末、狄(てき)の地で族長の娘・叔隗(しゅくかい)と結婚し、趙盾をもうけました。その後、重耳は晋へ帰国し文公となり、趙衰も晋の重臣に上り詰めます。さらに、文公の娘である趙姫(ちょうき)を娶り、趙同(ちょうどう)、趙括(ちょうかつ)、趙嬰斉(ちょうえいせい)の三子をもうけました。本来なら趙姫が正妻であり、趙盾は嫡子ではなかったはずですが、趙姫自らが叔隗と趙盾を正妻と嫡子にするよう、趙衰と文公に進言し、それが認められました。この出来事は、趙盾の生涯に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

霊公擁立と暗殺未遂事件

[紀元前621年]]、襄公(じょうこう)の死後、後継者問題が発生します。趙盾は、幼い太子・夷皋(いがこう)を擁立すべきだと主張し、秦]にいた公子雍(こうし よう)を呼び戻そうとします。しかし、同時に公子楽(こうしらく)を擁立しようとする勢力も存在し、趙盾は公子楽暗殺という決断を下します。反対派の動きを警戒した趙盾は、最終的に夷皋を晋公に擁立し、公子雍を排除しました。この行動は[[秦との関係悪化を招き、秦からの攻撃を受けることにも繋がりましたが、趙盾はこれを撃退します。その後、夷皋は霊公(れいこう)として即位しました。

しかし、成長した霊公は次第に趙盾に従わなくなり、二人の対立は深まります。紀元前607年、霊公は趙盾暗殺を企て、鉏麑(そくぬ)という刺客を送ります。しかし、鉏麑は趙盾の人となりを見て、暗殺を断念し自害しました。それでも諦めぬ霊公は、宴席に刺客を潜ませますが、趙盾はこれを逃れます。しかし、この事件は、趙盾の従兄弟である趙穿(ちょうせん)が霊公を殺害するという事態を招きます。この時、趙盾は国境を出ておらず、慌てて宮殿に戻り、襄公の弟・公子黒臀(こうしこくでん)を擁立し、成公(せいこう)としました。この霊公殺害事件は、史官・董狐(とうこ)によって「趙盾、その君を弑す」と国史に記されてしまうという、趙盾にとって大きな汚点となります。趙盾は反論を試みましたが、董狐は「霊公死後、国境を出ずに宮殿に戻った以上、反逆者である趙穿を処断する義務があった。それをしなかったのだから、霊公を弑したのと同じだ」と反論を退けました。この出来事の後、趙盾はこの件に関して一切言及しませんでした。

引退と最期

その後、趙盾は異母弟の趙括を公族にすることを成公に願い出て認めさせました。これは、かつて趙姫が示してくれた恩義への報いだったと言えるでしょう。紀元前601年、長きに渡る正卿の地位を郤缺(げけつ)に譲り、引退しました。趙盾の死期は不明ですが、「宣」の諡号を与えられ、趙宣子と呼ばれるようになりました。晩年、趙盾は不思議な夢を見て、それを占わせると「絶えて後よし」という結果が出たと言われています。これは、後の趙氏の滅亡と復興を予見していたのかもしれません。彼の死後、子の趙朔(ちょうさく)の時代に一族が滅ぼされますが、唯一生き残った趙武(ちょうぶ)が趙氏を復興し、戦国時代の七雄の一角を担う大国に成長させました。

趙盾を題材にした作品

趙盾の生涯は、小説の題材としても用いられています。宮城谷昌光氏の『孟夏の太陽』、安西篤子氏の『洛陽の姉妹』など、様々な作品でその複雑な人生が描かれています。これらの作品は、歴史的事実に基づきながらも、それぞれの作家独自の解釈を加えた、魅力的な物語となっています。

趙盾は、春秋時代の晋の政治舞台において、常に重要な役割を担い続けました。彼の生涯は、権力闘争、倫理、そして運命といった、人間の複雑な姿を映し出す鏡と言えるでしょう。謎多き人物像ゆえに、現在もなお人々の興味を惹きつけ、研究が続けられているのです。

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