軟焦点レンズ

軟焦点レンズ：柔らかな描写を生み出すレンズの世界

軟焦点レンズは、一般的なレンズがシャープな画像を得るよう設計されているのとは対照的に、意図的に収差を残すことで、被写体に柔らかな焦点と滲みのある独特の描写をもたらす写真レンズです。ピントが合った部分の芯はしっかりと捉えつつ、周辺が優しくぼけるのが特徴で、単なるピントずれとは明確に区別されます。

黒白写真の時代には、色収差を利用した軟焦点レンズも存在しましたが、カラー写真では色収差は色の滲みとなってしまい好ましくないため、球面収差を利用する方法が主流となりました。初期の軟焦点レンズの中には、収差補正の行き届いたレンズを意図的に絞りを開放して使用するなど、当初は軟焦点効果を狙って設計されたものではない製品も含まれます。安価な単玉レンズやダブレットレンズなどが、その代表例と言えるでしょう。これらのレンズは、写真入門者向けの製品などでも見られます。

著名な軟焦点レンズ

数多くの軟焦点レンズが存在しますが、特に有名なレンズをいくつかご紹介します。

無調整式レンズ

無調整式レンズは、レンズの構造自体によって軟焦点効果を生み出すタイプです。

エミール・ブッシュ製ニコラ・ペルシャイト: 古くから存在する著名な軟焦点レンズです。
エルンスト・ライツ（現ライカ）製タンバール90mmF2.2: 多くの軟焦点レンズが球面収差を補正不足にするのに対し、タンバールは逆に過剰補正している点が特徴です。ソフト効果を高めるための専用アタッチメントも付属していました。
ケンコー・トキナー製ソフトレンズ: 35mmF4と85mmF2.5の2種類が存在しました。
コンゴー製ポートレート・コンゴー: ポートレート撮影に適した軟焦点レンズとして知られています。
ヴェスト・ポケット・コダック単玉: 元々は軟焦点レンズとして設計されていませんでしたが、絞り機構の一部を取り外すことで、意図せず軟焦点効果が得られることが発見され、人気を博しました。
パーレット単玉: ヴェスト・ポケット・コダック単玉レンズのコピーとして知られるレンズです。絞り機構を取り外して使用することで軟焦点効果を得ることができました。
ケンコー・トキナー製MCソフト45mmF4.5レンズ: ヴェスト・ポケット・コダック単玉レンズのような描写を再現するために設計されたレンズです。
清原光学製キヨハラソフト: ヴェスト・ポケット・コダック単玉レンズを参考に設計された国産レンズです。
ウォレンサック製ベリート: 高級軟焦点レンズの代名詞的存在として知られています。2枚貼り合わせのメニスカスレンズを前後対称に配置した2群4枚構成が特徴です。安価な軟焦点レンズを「プアマンズ・ベリート」と呼ぶ場合もあります。
ウォレンサック製ベリター: ベリートの後継レンズとして開発されました。コーティングが施され、カラーの発色も良好です。
ペンタックス: ペンタックスは、複数の軟焦点レンズを発売しました。1群2枚構成の85mmF2.2、オートフォーカス対応のFソフト85mmF2.8、FAソフト85mmF2.8、FAソフト28mmF2.8、ペンタックス67用のソフト120mmF3.5などが挙げられます。
レンズベビー社製ベルベット: 28mmF2.5、56mmF1.6、85mmF1.8の3種類があり、一眼レフカメラやミラーレスカメラに対応しています。
その他: エクター50mmF2など、開放時の球面収差の多いレンズを軟焦点レンズとして利用することもあります。

調整式レンズ

調整式レンズは、レンズ内部の機構を調整することで、軟焦点効果の強さを変えられるレンズです。

ライツ製タンバール: 一部の調整式タンバールは、球面収差の補正を不足側から過剰補正側まで調整できます。
ダルメイヤー製ペッツヴァールレンズ: 古典的なレンズ設計に基づいた軟焦点レンズです。
ミノルタ製バリソフトロッコール85mmF2.8、AF100mmF2.8ソフトフォーカス: ソフト調節リングにより、一般レンズとしての描写から軟焦点描写まで調整可能です。
タムロン製SP70-150mmF2.8ソフト: ソフト量調節可能な大口径ズームレンズでした。
ニコン製DCニッコール: 105mmF2と135mmF2があり、「DC機構」により前ボケ・後ボケの調整やソフトフォーカス状態への調整が可能です。
キヤノンNewFD85mmF2.8ソフトフォーカス: ピント調整リングを操作することでソフト量を調整できます。
キヤノンEF135mmF2.8、RF100mmF2.8L MACRO IS USM: 軟焦点機構を搭載しています。
スペンサー製ポートランド: ポートレートと風景撮影の両方に使用できるよう設計されています。
フォクトレンダー製ユニヴァーサルヘリアー: 前玉を回すことで軟焦点描写に切り替えられます。

蓮根絞り式レンズ

蓮根絞り式レンズは、特殊な絞りを用いることで、光量調整と軟焦点効果の調整を同時に行うレンズです。

富士フイルム製フジノンSF85mmF4
マミヤ光機（現マミヤ・オーピー）製セコールSFC
ローデンシュトック製イマゴン

専用レンズ以外による軟焦点描写

レンズ以外の方法でも軟焦点効果を得ることは可能です。

フィルター

各種ソフトフォーカスフィルター: 光線の乱反射や屈折を利用して、軟焦点効果を付加するフィルターです。
自作フィルター: 保護フィルターにマーガリンやワセリンを塗布する方法なども存在しました。

撮影技法

露光中のピント移動: 露光中にピントを移動させることで、軟焦点効果を得ることができます。
多重露光: シャープな画像とピントをずらした画像を重ね合わせることで、軟焦点効果を得ることができます。

デジタルカメラ時代

デジタルカメラでは、レンズによる光学的な効果だけでなく、カメラ内蔵の画像処理機能や画像編集ソフトを用いて、後から軟焦点効果を付加することも容易にできるようになりました。

参考文献

カメラ毎日別冊『カメラ・レンズ白書1980年版』毎日新聞社
* 『クラシックカメラ専科No.23、名レンズを探せ!トプコン35mmレンズシャッター一眼レフの系譜』朝日ソノラマ

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