近交系メダカ

近交系メダカとは

近交系メダカとは、特定の系統内で20世代以上にわたる近親交配、多くの場合で兄妹や姉弟間の交配を継続的に行うことによって作出された、遺伝的に非常に均一性の高いメダカの系統群を指します。この結果、同じ系統に属するどの個体を選んだとしても、その遺伝子構成はほぼ同一であると言える状態になります。この遺伝的な純粋さから、「純系メダカ」と呼ばれることもあります。

実験動物としての重要性

メダカは、医学や生物学の研究分野において、実験動物、あるいはモデル生物として世界中で広く利用されています。特に実験を行う際には、得られる結果が個々の個体間のばらつきによって影響されることを最小限に抑えることが重要です。この個体間のばらつきの主要な原因の一つが、遺伝的な差異です。近交系メダカは、この遺伝的な差異を極めて小さく抑えることができるため、実験データの信頼性や再現性を高める上で不可欠な存在となっています。

作出の歴史と現状

げっ歯類であるマウスやラットでは古くから多数の近交系が作出され、実験動物として広く利用されてきましたが、魚類をはじめとする哺乳類以外の動物で近交系を作出することは、技術的に非常に困難でした。世界に先駆け、メダカの近交系作出に初めて成功したのは、放射線医学総合研究所（現・量子科学技術研究開発機構）の田口泰子氏であり、10年近い研究の末、1979年にその成果が発表されました。これは当時、非哺乳類の近交系としては世界でも稀有な例でした。

現在（2006年時点の情報に基づく）、放射線医学総合研究所では、Hd-rR、HNI、HO4C、Hi3など、およそ10系統にも及ぶ近交系メダカが維持・保存されており、国内外の研究機関に提供されています。また、東京大学の嶋昭紘氏らのグループもAA2などの独自の近交系メダカを作出し、その維持・提供を行っています。近年では、ドイツにおいてもCab系統のような近交系メダカが作出されるなど、利用が広がりを見せています。

主要な系統とゲノム研究への貢献

これらの近交系系統の中でも、特に広く利用されているのがHd-rR系統です。この系統は、体色によってオスの個体とメスの個体を容易に判別できるという特徴を持っており、この特性から環境ホルモンの影響を調べる研究などで頻繁に用いられています。

さらに、近交系メダカは、メダカの全遺伝情報（ゲノム）を解読するプロジェクトにおいても、決定的な役割を果たしました。具体的には、Hd-rR系統とHNI系統のDNAが解析材料として用いられたことで、ドラフトレベルのゲノム解析がわずか3年間という短期間で完了しました。もし近交系メダカという、遺伝的に均一な解析材料が存在しなかったならば、これほど短期間でのゲノム情報の解読は不可能であったと考えられています。実際、メダカよりも早くゲノム解析が始まったにもかかわらず、解析に用いられたDNAの個体間多型性（遺伝的な多様性）が原因で、その完了に時間を要しているゼブラフィッシュの例からも、近交系の重要性がうかがえます。

系統間の多様性と今後の研究

興味深いことに、メダカの近交系系統間には、様々な生物学的性質において大きな違いが見られることが知られています。例えば、体形、脳の構造、行動パターン、放射線に対する感受性、卵の大きさなどに系統ごとの差異が存在します。現在、これらの系統間で観察される表現型の違いが、どのような遺伝子（または複数の遺伝子群）によって引き起こされているのかを解明するための研究が進められています。これにより、特定の生物学的機能に関わる遺伝子の特定や、それらの遺伝子がどのように機能するのかを理解するための手がかりが得られています。

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