遺伝子重複

遺伝子重複（いでんしちょうふく、gene duplication / chromosomal duplication）とは、生物のDNA鎖に含まれる特定の領域、特に遺伝子を含む部分が誤って複製され、ゲノム内に複数コピーが存在するようになる現象を指します。

この重複は、主に以下のようないくつかの原因によって引き起こされると考えられています。

遺伝的組換えの異常: DNAが複製される際や減数分裂の際に、相同染色体間で遺伝子の乗換えが不均一に起こることで、一部の領域が余分に複製されてしまう場合。
レトロトランスポゾンの転移: ゲノム内を移動できる特殊なDNA配列であるレトロトランスポゾンが複製され、別の場所に挿入される際に、近傍の遺伝子を巻き込んで複製してしまう場合。
染色体全体の重複: 減数分裂の異常などによって、染色体全体、あるいはゲノム全体が丸ごと複数セットになる場合。これは遺伝子重複よりも大規模な現象ですが、結果としてゲノム内のすべての遺伝子が重複することになります。

ゲノム全体の重複

遺伝子単体だけでなく、生物の全遺伝情報であるゲノム全体が重複することも、生物界では珍しい現象ではありません。例えば、酵母の一種では、約1億年前にゲノム全体の重複が起こったと考えられています。また、植物においてはゲノム重複が頻繁に起こっており、我々が普段食べているパンコムギは、3種類の異なる祖先種ゲノムが合わさってできた6倍体（6セットのゲノムを持つ）であるなど、多くの栽培植物がゲノム重複の歴史を持っています。このようにゲノム全体の重複は、生物の多様化や進化に大きな影響を与えてきました。

遺伝子重複と進化

遺伝子重複は、生物進化の主要な原動力の一つであると考えられています。その最も重要な理由は、重複によって生じた遺伝子の一方が、進化上の選択圧がかかりにくくなることにあります。

通常、生物にとって重要な機能を担う遺伝子に変異が生じ、その機能が失われたり変化したりすると、生存に不利になることが多く、自然選択によって取り除かれやすい（選択圧がかかる）です。しかし、同じ機能を持つ遺伝子がゲノム内に二つ（重複によって生じたオリジナルとコピー）存在する場合、たとえ片方の遺伝子に変異が生じて機能が変化・喪失しても、もう片方が正常に機能していれば、生物の生存に大きな支障は生じません。このため、重複した遺伝子の片方は、機能維持のための厳しい選択圧から比較的解放され、より自由に、そして単一の遺伝子よりもはるかに速く変異が蓄積されるようになります。

この変異の蓄積によって、重複遺伝子は元の遺伝子とは異なる機能を持つようになったり、あるいは発現する場所や時期が変わったりすることがあります。これにより、生物は新しい機能や形質を獲得し、環境変化に適応したり、多様な生態ニッチを開拓したりすることが可能になります。このため、遺伝子重複は新しい遺伝子やタンパク質機能を生み出す重要なメカニズムとして、100年以上前から生物学者の間で認識されてきました。日本の遺伝学者である大野乾は、その進化論における遺伝子重複の重要性を特に強調した人物の一人であり、1970年に著した「Evolution by Gene Duplication」（遺伝子重複による進化）は、この分野における古典的な著作となっています。一部の研究者は、共通の祖先が出現して以来、遺伝子重複が生物進化における最も重要な原動力であったとまで主張しています。

オーソログとパラログ

進化的に関連のある遺伝子、すなわち共通の祖先遺伝子から派生した遺伝子はホモログと呼ばれます。このホモログは、それが生じた歴史的な経緯によって、大きく二つのカテゴリーに分けられます。

オーソログ (Orthologs): 種が分岐する過程で生じたホモログです。例えば、ヒトのある遺伝子とマウスの相同な遺伝子が、ヒトとマウスの共通祖先が分岐したことによって分かれた場合、これらはオーソログと呼ばれます。オーソログは、通常、異なる種間でも同じ、あるいは非常に似た機能を持っていることが多いです。
* パラログ (Paralogs): 遺伝子重複によって、同じゲノム内で生じたホモログです。例えば、ある遺伝子が重複して二つになり、その後にそれぞれが独立して進化した場合、これらはパラログと呼ばれます。パラログは、多くの場合、元の遺伝子とは異なる組織や発生段階で発現したり、あるいは機能や立体構造が変化したタンパク質を作り出したりします。これは、重複した片方の遺伝子が選択圧から解放され、変異を蓄積した結果です。

これらのオーソログとパラログを正確に見分けることは、遺伝子の機能や進化の過程を理解する上で非常に重要ですが、その区別はしばしば困難を伴います。例えば、ヒトの遺伝子の機能を研究する際に、他の動物で見つかった相同遺伝子をモデルとして利用することがよくありますが、これはその遺伝子がヒトの遺伝子のオーソログである場合にのみ、機能が保存されている可能性が高く、信頼性のある情報が得られます。もしそれが遺伝子重複によって生じたパラログであった場合、機能が大きく異なっている可能性が高く、その情報がそのままヒトの遺伝子機能に適用できない場合があるため、注意が必要です。

遺伝子重複は、単にゲノムサイズを増やすだけでなく、生物に新しい可能性をもたらし、多様な生命機能と複雑な生物世界の構築に不可欠な役割を果たしてきたダイナミックな現象と言えます。

もう一度検索