那智の田楽

那智の田楽：歴史と芸能性の深淵

那智の田楽は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町に伝わる、歴史と芸術性を兼ね備えた伝統芸能です。熊野那智大社の例大祭と、勇壮な火祭として知られる扇祭において奉納される神聖な儀式であり、1976年には国の重要無形民俗文化財に指定され、さらに2012年にはユネスコ無形文化遺産にも登録されています。

奏者と演目

那智の田楽の演者は、笛1名、笛控1名、ササラ4名、太鼓4名、そしてシテテン（鼓役）2名の計12名で構成されています。演目は番外の1曲を含め全22曲からなり、約40分間にわたる荘厳な上演は、見る者を圧倒的な世界へと誘います。各地の田楽と共通する要素も見られますが、独自のシテテンの舞や所作、高度な芸能性は、那智の田楽を際立たせる大きな特徴となっています。興味深いことに、演目には田植えを連想させる場面はほとんどなく、農耕儀礼とは異なる起源を持つとする説も存在します。

不明瞭な起源と歴史の変遷

那智の田楽の起源は明確には分かっていません。1403年の『熊野年代記』には、京から来た田楽法師から田楽を習い、扇祭で演じたという記述が見られますが、全国の熊野信仰に関連する神社に田楽が伝承されていることを考えると、この記述は再興を意味する可能性もあります。室町時代の伝承自体を否定する説や、より古い起源を主張する説も存在し、その歴史は複雑で謎に包まれています。

戦国時代には一時途絶え、1599年に再興を果たすも、明治時代には再び途絶えるという困難な歴史を歩んできました。現在の那智の田楽は、1921年（大正10年）の復興時に確立されたものです。

扇祭との密接な関係、そして修験道の影

那智の田楽は、扇祭において重要な役割を担っています。扇祭では、田植えと稲刈りを模した田植舞と田刈舞が演じられ、農耕儀礼としての性格が強く表れています。これらの舞は、扇神輿渡御式を挟んで行われるなど、扇祭全体と密接に関連しています。一方、那智の田楽は、田植えの模倣的表現がほとんど見られない点が特徴です。

江戸時代までは、那智滝本の修験者やその関係者が田楽の演者や管理運営に深く関わっていたと考えられています。多くの史料から、滝衆と呼ばれる修験者たちが田楽の上演に重要な役割を果たしていたことが示唆されています。現在の扇祭では修験者の姿は少なくなっていますが、火の操作など、修験道との繋がりは依然として残っています。

現在の演目は、『田楽要録』に基づいて行われています。扇祭で演じられることから、五穀豊穣を祈念する農業神事の一環であると考えられていますが、例大祭全体における位置付けは必ずしも明確ではありません。田楽が観音に奉納されていた可能性も示唆されています。

文化財としての価値

那智の田楽は、その歴史的・芸術的価値から、数々の文化財に指定されています。

重要無形民俗文化財（1976年指定）
ユネスコ無形文化遺産（2012年登録）
* その他、和歌山県指定の有形民俗文化財（那智山田楽資料一括、牛頭、熊野那智山祭様式図絵）


那智の田楽は、単なる芸能にとどまらず、歴史、宗教、文化が複雑に絡み合った、奥深い世界観を湛えています。その神秘的で荘厳な舞は、見る者に忘れられない感動を与えてくれるでしょう。未来永劫に伝承されていくことを願わずにはいられません。

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