扇祭

熊野那智大社の扇祭：火と水の神秘的な祭礼

熊野那智大社（和歌山県東牟婁郡那智勝浦町）で執り行われる例大祭、扇祭（おうぎまつり）または扇会式法会（おうぎえしきほうえ）は、通称「那智の火祭り」として広く知られています。古くから伝わるこの祭礼は、現在では毎年7月14日に開催されますが、かつては6月14日と18日に行われていた時期もありました。

扇祭は、和歌山県の無形民俗文化財（1960年指定）にも指定されており、祭礼の重要な一部である那智の田楽（田楽舞）は、国の重要無形民俗文化財（1976年指定）に登録されています。

火と水の織りなす神事

扇祭は、夫須美大神を花の窟から勧請した故事に由来すると伝えられています。かつては、寄り木となる木を立てて大神を迎えた後、その木を倒して大神が去らないようにする神事があったとされています。

しかし、現在の扇祭は、火と水の祭礼として理解されています。祭りの意義は、生命力の再生と繁栄、特に農事の豊作を祈願するものとされています。那智地方で古くから崇拝されてきた那智の滝は、生命の源である水そのものを象徴し、一方で火は万物の活力の源を表しています。

滝本（那智の滝）から本社への神霊の還御の儀式は、神霊の再生と復活、ひいては五穀豊穣を祈念する重要な儀式です。祭礼の名称や扇神輿に使われる扇も、農業神事としての性格を示唆しています。扇は、風を起こすことで災厄を払い、福を招くとされ、『古語拾遺』にも虫害を防ぎ、豊作に繋がるという記述があります。

さらに、扇祭には神仏分離以前の修験道の祭礼としての要素も認められます。祭りの核心である扇褒め神事は、17世紀初頭の史料によると、青岸渡寺の尊勝院を拠点とする修験者たちが担っていました。彼らは八咫烏帽を象徴として用いていました。神仏分離後、扇褒め神事は那智大社の権宮司に委ねられるようになりましたが、権宮司は現在も八咫烏帽をかぶり、松明の火を操り神霊を導くなど、修験者の伝統が受け継がれています。

祭礼の次第

扇祭の準備は6月30日の神役定から始まり、関係者らが集まり祭りの運営について協議します。翌7月1日からは大和舞と田楽舞の練習が始まります。7月9日には社殿の清めと那智大滝の注連縄の張替えが行われ、11日には那智山住人が扇神輿の組み立てを行います。

扇神輿の組み立て（7月11日）

扇神輿は、細長い枠（幅1メートル、高さ10メートル）に絹緞子を張り、装飾品を施して組み立てる独特の構造をしています。一般的な神輿とは全く異なる形状で、那智大滝を模しているとも言われています。神武天皇東征との関連を示唆する俗説もありますが、これは誤りです。

扇神輿の頂上には「光」を表す造形物が飾り付けられ、造化三神の神徳を表し、前面には神威八紘を照鑑する8面の神鏡が取り付けられています。神輿は12体作られ、1体ずつが1ヶ月を表し、全体で1年を表しています。扇は金地に朱で日の丸が描かれたもので、1体につき30面と半開きの2面（上弦・下弦の月を表す）が取り付けられています。組み立てに用いる竹釘の本数は、古くからの慣習に従い、旧暦の一年と同じ360本です。

宵宮祭（7月13日）

7月13日には宵宮祭が行われ、礼殿で大和舞、田楽舞、田植舞が奉納されます。

例大祭（7月14日）

例大祭は早朝、礼殿で始まります。扇神輿が礼殿前に飾り立てられ、本社大前の儀の後、大和舞、田楽舞、田植舞が奉納されます。大和舞は稚児の舞、田植舞は田遊びの伝統を伝える舞です。

午後は扇神輿渡御式です。礼殿で発輿式の後、祭員全員が扇神輿を拝し、神霊を迎えます。大滝に向かって3度「ザアザアホウ」と鬨声をあげ、礼殿内では大太鼓が連打されます。

五十続松（小型の松明）を先頭に、行列が礼殿を出発します。扇神輿の担い手は扇指しと呼ばれ、かつての社領であった市野々集落の人々が務めます。行列は「伏拝」と呼ばれる場所で扇神輿を直立させ、行列は御滝本（飛瀧神社）へ向かいます。

御滝本では時刻を見て伏拝に向かって鬨声をあげ、大太鼓が連打されます。使者が伏拝から御滝本へ送られ、使者の到着に合わせて扇神輿は鳥居内へ進みます。鳥居をくぐると扇が立てられます。御滝本の火所では松明に火が点けられ、石段を上って行きます。この頃、権宮司が光ヶ峯遥拝所で神饌を供えます。

大松明と扇神輿が出会うと、大松明が円陣を組んで扇神輿に火の粉を浴びせ、神役は扇子で炎を扇ぎ、清めます。火払所役は手桶の水を松明にかけ、火の粉を消していきます。炎と掛け声は祭りを最高潮に盛り上げます。この炎の乱舞は「火祭り」と呼ばれ、祭りの名称の由来となっています。

炎が収まると、御滝本へ進んだ扇神輿は、権宮司から扇褒めの神事を授かり、滝本祭壇に立てられます。滝本祭の神事の後、田刈舞、那瀑舞が奉納され、一同は大社へ還御します。礼殿前に扇神輿が飾られ還御祭が行われた後、神役の手で扇神輿が解体され、扇祭りは幕を閉じます。

文化財

那智の田楽：国の重要無形民俗文化財
那智の火祭：和歌山県指定無形民俗文化財
那智山田楽資料一括：和歌山県指定有形民俗文化財
牛頭：和歌山県指定有形民俗文化財
* 熊野那智山祭様式図絵：和歌山県指定有形民俗文化財

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