郊外のブッダ (アルバム)

イギリスを代表する音楽家、デヴィッド・ボウイが1993年に発表した18作目のオリジナル・アルバムが『郊外のブッダ』（The Buddha Of Suburbia ）です。

日本での特異な状況

このアルバムは、ボウイの数ある公式リリースの中で、唯一、日本盤が一度も制作されていないという珍しい経緯を持っています。発表後、長らく廃盤状態が続き、ファンの間でも入手が非常に困難な時期がありました。2007年にはヴァージン・レコードから再発売されましたが、現在も日本国内では輸入盤のみが流通しています。

サウンドトラックとしての誕生

本作の制作は、一般的なアルバムとは異なる成り立ちをしています。その発端は、ウィットブレッド賞を受賞した作家ハニフ・クレイシが1990年に発表した小説『郊外のブッダ』のBBCによるドラマ化プロジェクトでした。このドラマのために、ボウイにサウンドトラックの制作依頼が舞い込んだのが、すべての始まりです。しかし、実際にドラマの劇中で使用された楽曲は、アルバムのタイトルトラックである「郊外のブッダ」のみでした。そのため、結果的にこのアルバムは、ボウイのオリジナル・スタジオ・アルバムとして彼のディスコグラフィに正式に位置づけられています。

発売当時の状況と創作の背景

アルバム発表当時、ボウイ自身がこの作品に関するプロモーションのためのインタビューなどをほとんど行わなかったこともあり、当初は彼のファンの間でもその存在が広く知られていたわけではありませんでした。

アルバムのブックレットに掲載されたボウイ自身の解説からは、その制作過程がうかがえます。彼は、作曲にわずか6日間を費やし、機材の故障による5日間の作業中断を挟んだ後、録音とミックスを15日間で仕上げた、と語っています。いかに短期間で集中的に作り上げられたかがわかります。

また、彼はこの作品のコンセプトについて「70年代前後に影響を受けた数々の音楽家たちが残した“文化遺産の残りカス”で作られたアルバム」だと表現しています。具体的には、クラフトワーク、ピンク・フロイド、ブライアン・イーノ、オージェイズ、ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』、フィリップ・グラス、ロキシー・ミュージック、T・レックス、ノイ！といった、ロック、ソウル、実験音楽など、多様なジャンルの先駆者たちの影響を挙げ、それらを消化して生まれたサウンドであることを示唆しています。

参加ミュージシャン

レコーディングには、ボウイ（ヴォーカル、シンセサイザー、ギター、サックス）を中心に、アーダル・キジルケイ（キーボード、ギター、ベース、トランペット、パーカッション）、マイク・ガーソン（ピアノ）、デヴィッド・リチャーズ（キーボード）といった面々が参加しています。特に、アルバムの最後を飾るタイトル曲の別バージョンには、ゲストギタリストとしてレニー・クラヴィッツがクレジットされています。

後世の評価とボウイ自身の想い

この作品を聴いた盟友ブライアン・イーノは「かなり興奮した」と当時の心境を語っており、これが翌年発表され、以降のボウイの音楽性に大きな影響を与えることになる傑作『アウトサイド』での彼との共同作業に繋がる重要なきっかけとなったとされています。

さらに、ボウイ自身も晩年に至るまで、この『郊外のブッダ』を個人的なお気に入りアルバムの一つとして挙げることが度々ありました。2003年頃の様々なメディアのインタビューでは、「あのアルバムをきっかけにして、僕はようやくライターとしての自信を取り戻したんだ」と述べ、この作品が自身のキャリア、特に作詞作曲家としてのスランプを脱する上での大きな転換点となったことを示唆しています。

収録曲の中で注目すべき点として、6曲目の「ストレンジャーズ・ホエン・ウィ・ミート」が挙げられます。この楽曲は、次作『アウトサイド』において大胆にリアレンジされ、同作のクロージング・ナンバーとして再び収録されることになります。

サウンドトラックとして企画されながら、結果的にボウイ自身のキャリアにおいて非常に重要な意味を持つことになった『郊外のブッダ』は、そのユニークな出自と内容から、今日においても特別な位置を占める作品と言えるでしょう。

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