郵便馬車

郵便馬車

郵便馬車とは、馬によって郵便物を輸送する際に使用された馬車のことです。特にヨーロッパにおいては、郵便物だけでなく一般の乗客も乗せて輸送する、長距離移動用の馬車の一種として重要な役割を果たしました。

概要

イギリスでは1784年から郵便輸送に馬車が用いられ、メールコーチ (mail coach) と呼ばれていました。これは、日本で言う馬車の一種であり、英語ではキャリッジに相当します。ヨーロッパ各国において、郵便馬車は単に郵便に用いられた馬車を指すのではなく、具体的な仕様が定められたものを指します。乗客数は基本的に4人程度と少なく、運賃も割高であったため、主に裕福層が利用しました。イギリスでは、メールコーチは1850年代に鉄道網の発達により姿を消しました。

フランスでは、1791年から郵便輸送に馬車が用いられるようになり、マル＝ポスト (malle-poste) と呼ばれていました。日本では、明治初期の郵政事業開始時である1870年代から郵便輸送に馬車が用いられ、東京では1925年（大正15年）まで使用されていました。1951年には岡本敦郎の「あこがれの郵便馬車」がヒットしましたが、この頃には既に実物は廃れていました。

メールコーチやマル＝ポストも郵便馬車とされますが、その内容は異なっています。ヨーロッパの郵便馬車はコーチタイプで客室が設けられており、郵便輸送と同時に有料で乗客も運んでいました。一方、日本では郵便物の輸送のみに用いられ、荷台に幌をかぶせた馬車スタイルでした。

英国

イギリスでは、1784年から郵便を運ぶためにメールコーチが用いられました。この車両は4頭立てで、客室内に4人が乗車できました。後には、御者と同じように客室外にも多くの人が乗れるようになりました。郵便物は後部に設けられた箱に収納され、郵便局の職員が見張りとして付きました。1805年からは、サスペンションを装備したメール・フェートン (Mail Phaeton) も登場し、その優雅なスタイルが人気を博しました。

メールコーチは郵便輸送を最優先としたため、駅馬車（ステージコーチ）よりも速く目的地に到着しましたが、乗客にとっては快適なものではありませんでした。1840年代から1850年代にかけて、鉄道網の発達に伴い、メールコーチは次第に姿を消し、その役割は貨物列車に取って代わられました。

歴史

イギリスで1635年に開始された郵便輸送サービスは、その後150年間ほとんど変わらない形態で続けられました。馬に乗った配達人が郵便局間を移動し、郵便局員が自分の地区の郵便物を抜き取り、他の地区への郵便物を追加して次の配達人に引き渡していました。しかし、配達人はしばしば強盗に襲われることがあり、そのシステムは不十分でした。

サマセットのバースで劇場を経営していたジョン・パーマーは、以前に劇場から劇場へ出演者と舞台装置一式を輸送する事業を行っていました。パーマーは、この馬車による輸送サービスを郵便物の輸送に応用できると考え、1782年にロンドン郵便局に提案しました。当初は局員からの抵抗がありましたが、最終的にはウィリアム・ピットの許可を得て、ブリストル＝ロンドン間で試験的に運行されることになりました。従来のシステムでは38時間かかっていた郵便物輸送が、パーマーが手配した馬車によって16時間に短縮されました。

この結果に満足したピットは、新たな路線を次々と認可し、1785年末にはロンドンからノリッジ、リヴァプール、リーズ、ドーバーなど、各地を結ぶ路線が開設されました。パーマーは、郵便業務の会計監査兼検査業務を担当する総支配人として、その手腕を発揮しました。

当初、馬車、馬、御者はすべて業務契約者が提供する必要がありましたが、固定収入に加えて乗客からの運賃収入もあったため、契約を勝ち取るための競争は非常に激しいものでした。19世紀初頭には、郵便局自身が馬車を運用するようになり、黒色とえんじ色で塗られた馬車が使用されました。

初期の馬車は品質が悪かったものの、1787年にジョン・ベサントが改良したデザインが採用され、ベサントとパートナーのジョン・ビドラーが馬車サービス業務を独占的に提供しました。しかし、1830年代に入ると鉄道の発達によりメールコーチの業務は衰退し、1830年11月11日にはリバプール＝マンチェスター間で鉄道による最初の郵便物輸送が行われました。1840年代初頭には鉄道郵便網が整備され、馬車による郵便輸送は徐々に姿を消していきました。

旅

メールコーチは当初、運転手席が外側にあり、中に4人が乗車できる構造でした。郵便物の輸送だけでなく、乗客も同時に運んでいたのです。コーチ内で唯一の郵便局員である監視役は、後部外側の郵便物箱の隣に位置していました。後に、運転手と並んで客室外に座ることで、より多くの乗客が乗車できるようになりました。

メールコーチは悪路を走行したため、客室内でも快適な旅とは言えませんでした。坂道を登る際には、乗客は馬車から降りる必要がありました。夏は平均11〜13km/h、冬は平均8km/hで走行し、ヴィクトリア女王時代になると道路が改善され、16km/h程度まで速度が向上しました。馬は16〜24キロメートルごとに別の馬と交換されました。郵便物を収集するための停車時間は短く、走行しながら郵便物を投げ渡すこともありました。

メールコーチの旅費は、駅馬車よりも1マイルあたり1ペニー程度高かったものの、快速で比較的空いており、清潔でした。また、乗客数と荷物数に制限があったため、快適な旅ができました。メールコーチでの移動はほとんどが夜間に行われました。夜間は道が空いており、より速いスピードが出せたためです。

監視役は、ブランダバス（ラッパ銃）と拳銃2丁で武装し、深紅色と金色の郵便局員の服装で乗車していました。盗賊から郵便物を守るのが彼らの任務であり、高額な給与と恩給が支払われていました。郵便輸送を成し遂げることが彼らの責任範囲であったため、馬車が走行不能になった場合には、自らの足で郵便物を運ばなければなりませんでした。監視役には懐中時計と郵便ラッパが貸与され、スケジュール通りの運行と郵便局への到着を知らせるために使用されました。郵便馬車は通行優先権を持っており、郵便ラッパは他の道路利用者に接近を知らせ、道を譲るように促す役割も果たしました。

フランス

フランスでは、1791年にイギリスと同様に、馬で車両を引かせる馬車による輸送に切り替えられました。フランスではこの郵便馬車をマル＝ポストと呼びました。マル＝ポストには、小型のものと大型のものがあり、小型は1頭立て2輪馬車であるキャブリオレに手紙箱を取り付けたもの、大型は4人の乗客を乗せられる馬車で、カレーシュやベルリーヌが用いられました。

長距離用乗合馬車であるディリジェンスに比べてマル＝ポストは乗車人数が少ないため、乗車賃も割高であり、地方の代議士など身分の高い人々や地方周りのセールスマンなどが利用しました。マル＝ポストに乗ることはステータスシンボルであり、4人分の運賃を支払えば貸切も可能でした。マル＝ポストもメールコーチと同様に、乗車時間は短かったものの、乗り心地は良くありませんでした。

1830年からの七月王政時代には、イギリス風の四頭立て快速馬車が導入され、パリと地方都市を結ぶ路線にはベルリーヌが、地方都市同士を結ぶ路線にはブリスカが用いられました。これにより、従来の半分の時間で目的地に到着できるようになりました。しかし、より早く到着するために車体が小型化され、乗り心地はさらに悪化しました。また、途中下車時間である食事の時間も短縮され、食事代も高額になりました。

関連項目

郵便バス
クシコス・ポスト

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