鄭萬鈞

鄭 萬鈞 - 中国近代植物学・林学の礎を築いた学者

鄭 萬鈞（ジェン・ワンジュン、Zhèng Wànjūn、欧米ではWan Chun Chengとしても知られる）は、1908年6月24日に生まれ、1987年7月25日にその生涯を閉じた、中国を代表する植物学者および林学者です。彼の研究と教育への貢献は、中国における近代林学と植物分類学の発展に不可欠なものとなりました。

生い立ちと初期の教育

鄭萬鈞は、江蘇省徐州市の商人の家庭に生を受けました。幼い頃より学問に励み、地元の学校を卒業した後、フランス系の専門学校を経て、江蘇省立第一農業学校で専門教育を受けました。特に農業学校での学びは、後の植物学への道を開く重要な経験となりました。卒業後、彼は著名な植物学者である銭崇澍（Qián Chóngshù）氏の推薦を得て、国立東南大学へ進学します。ここでは樹木学の助手として研究の現場に携わり、基礎的な研究能力と知識を培いました。

森林調査とフランスでの研鑽

大学での助手を務めた後、鄭萬鈞は1929年から1939年までの10年間、中国科学社生物研究所の研究員として活動しました。この期間中、彼は中国国内の広範な地域を旅し、各地の森林植生や植物相に関する大規模な調査を実施しました。この地道で広範な調査は、中国の植物資源を把握し、将来の研究や森林管理のための貴重な基盤データを提供しました。

1939年には、更なる高度な研究を行うため、フランスへと留学します。トゥールーズに位置する森林研究所に派遣された彼は、専門的な研究に従事し、その成果が認められて博士号を取得しました。フランスでの国際的な研究経験は、彼の学識を深め、その後の研究活動に大きな影響を与えました。

帰国後の教育活動

フランスから帰国した鄭萬鈞は、中国各地の高等教育機関で教鞭を執り、次世代の研究者や林学者の育成に努めました。まず、1939年から1944年にかけては雲南大学の教授として、中国西南部の豊かな植物に関する研究と教育に携わりました。その後、1944年から1949年までは、当時の中国を代表する学術機関の一つであった国立中央大学（現在の南京大学）の教授を務めました。中華人民共和国が建国された1949年以降も、彼は引き続き南京大学の教授として、中国の林学・植物学教育と研究の中心的な役割を担い続けました。

世界を驚かせたメタセコイアの発見

鄭萬鈞の業績の中で、最も劇的で世界的な注目を集めたのは、メタセコイアの現生種発見です。メタセコイアは、中生代から新生代にかけて北半球の広い範囲に繁栄した針葉樹でしたが、地質時代の化石記録からのみ知られ、現代には生存しない「絶滅植物」とされていました。しかし、1940年代に中国湖北省の特定の地域で、化石種に酷似した未知の高木が自生しているという報告が植物学界にもたらされました。

鄭萬鈞は、1948年に同僚の著名な植物学者、胡先驌（Hú Xiānsù）氏と共に、この「未知の木」がまさに学界が絶滅したと考えていたメタセコイアであると正式に確認し、その発見を世界に発表しました。この驚くべき発見は、植物学界、特に古植物学や進化論の研究者に大きな衝撃と興奮をもたらしました。メタセコイアは「生きた化石」として、その後世界中の植物園に植えられ、その生態やゲノムに関する研究が進められています。この発見は、鄭萬鈞の名声を国際的なものとしました。

中国の植物相把握への貢献

メタセコイアの発見に加え、鄭萬鈞は中国の膨大な植物相を網羅的に記録する国家的なプロジェクトにも深く関わりました。中国のすべての既知の植物種を分類、記述する monumental project である『中国植物誌』（Flora Reipublicae Popularis Sinicae）の編纂において、彼は特に重要な第7巻の編集責任者を務めました。この巻は、中国の針葉樹やソテツ類などの重要なグループを含んでいます。さらに、中国に生育する樹木に特化した学術書である『中国樹木誌』の第1巻と第2巻の編集にも携わりました。これらの編纂事業への貢献は、中国の植物分類学研究の基礎を固め、国内外の研究者にとって不可欠な情報源を提供しました。

功績を記念する献名

鄭萬鈞の長年にわたる中国林学および植物学への多大な功績は、広く認められています。彼の栄誉を称え、ビャクシン属（Juniperus）に属する植物の一種である Juniperus chengii （Juniperus pingii の変種とされる）には、彼の姓「Cheng」にちなんだ学名が献名されています。これは、彼の研究と影響が植物学の歴史に深く刻み込まれていることの証です。

結び

鄭萬鈞は、卓越した知識、探究心、そして教育への情熱をもって、中国の植物学と林学の近代化を牽引しました。広範な調査、革新的な発見、そして重要な学術書の編纂を通じて、彼は中国の豊かな植物資源の理解と保全に計り知れない貢献をしました。特にメタセコイアの現生種発見という歴史的偉業は、彼の名を植物学史に永遠に刻み込んでいます。彼の研究は、今日の中国における生態学研究、森林管理、生物多様性保全の基礎となり、多くの後進の研究者たちに大きな影響を与え続けています。

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