野溝七生子

野溝七生子：生涯と作品

野溝七生子（1897-1987）は、明治から昭和にかけて活躍した小説家であり、比較文学者です。兵庫県姫路市に生まれ、陸軍軍人であった父に従い、鳥取、金沢、丸亀、大分と転居を繰り返しながら幼少期を過ごしました。香川県立丸亀高等女学校、大分県立大分高等女学校を経て、同志社女学校英文科専門部予科に進学。在学中には、のちに著名な作家となる辻潤や宮島資夫と出会い、親交を深めました。彼らは、野溝七生子をドイツの劇作家、ゲアハルト・ハウプトマンの戯曲『沈鐘』の主人公にちなみ「ラウ」と呼んでいました。

卒業後は東洋大学専門学部文化学科に進み、西洋哲学を学びました。1923年には『山梔（くちなし）』を「福岡日日新聞」懸賞小説に応募し、1924年には東洋大学を卒業、研究生としてドイツ文学を研鑽しました。翌年には『山梔』が同新聞の懸賞小説特選に選ばれ、連載が開始。同時期には「信濃毎日新聞」で『暖炉』を連載するなど、精力的に執筆活動を行いました。

1926年には『山梔』が春秋社より刊行され、北原白秋や宇野浩二といった著名な文人から高い評価を得ました。白秋の紹介で「近代風景」誌に参加するなど、文壇での地位を確立していきます。私生活では、フランス空軍将校との激しい恋や、歌人・編集者である鎌田敬止との同居など、波乱に満ちた日々を送りました。この時代の恋愛模様は、没後刊行された『アルスのノート──昭和二年早春』に克明に記されています。

1930年には『女獣心理』が「都新聞」懸賞小説に入選、翌年から連載が始まりました。この作品は、木村荘八による挿絵も加わり大きな話題を呼びました。その後も執筆活動を続け、1940年には『女獣心理──新和壘の手記』を刊行。戦後は、東洋大学文学部国文学科の専任講師（のち教授）となり、近代文学を講じました。比較文学者としても活躍し、古事記や森鷗外とヨーロッパ文学との関連性を研究テーマとするなど、幅広い活動を行いました。

1946年には「藝苑」に発表した随筆「阿兄何必涙潜々」がGHQによって発禁処分となるなど、時代による制約も経験しています。しかし、晩年まで創作活動を続け、1980年には短篇集『ヌマ叔母さん』を刊行。1981年には長年構想を練っていた『眉輪』の決定稿を完成させました。1987年、急性心不全により90歳で永眠しました。

野溝七生子の作品は、緻密な心理描写と洗練された文体が特徴です。近代日本女性の複雑な内面世界を深く掘り下げた作品は、現代においても高い評価を受けています。また、比較文学者としての業績も高く評価され、彼女の学問的貢献は多くの研究者たちに影響を与え続けています。彼女の生涯と作品は、激動の時代を生きた女性の生き様と、文学・学問への揺るぎない情熱を私たちに伝えています。彼女の作品は、現代においても再評価され、『山梔』、『女獣心理』、『南天屋敷』、『月影』、『ヌマ叔母さん』など、多くの作品が復刊されています。没後も、彼女の功績を伝える様々な書籍が出版され続けていることは、野溝七生子の文学史における位置づけの重要性を示しています。

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