野田商誘銀行

株式会社野田商誘銀行

株式会社野田商誘銀行は、かつて千葉県東葛飾郡野田町（現在の野田市）に存在した地方銀行です。明治時代に設立され、地域の主要産業であった醤油醸造業との結びつきが非常に強いという特色を持っていました。特に、野田における醤油産業の中心的存在であったキッコーマン創業家によって設立されたという点で、その歴史は特異なものです。同行は堅実な経営で地域経済を支えましたが、太平洋戦争中の金融統制により、その歴史に幕を閉じました。しかし、設立から長い年月を経た建物は現在も野田市内に残り、地域の歴史を物語る貴重な遺産として保存されています。

創設と背景

野田商誘銀行は、明治中期、野田の醤油醸造業が隆盛を極める中でその構想が練られました。1899年（明治32年）、地元の有力な醤油醸造家であった茂木啓三郎氏が発起人となり、銀行設立に向けた動きが本格化します。そして翌1900年（明治33年）7月10日、茂木氏を中心に、野田の主要な醤油業者たちが集まり、資本金25万円、発行株式5000株をもって設立されました。同行の資本構成は極めて特徴的でした。各醤油製造家が、それぞれの醤油の仕込み高に応じて出資比率を決定するという、産業に根差した方式が採用されたのです。この結果、後のキッコーマン株式会社を創業することになる高梨家および茂木家の8家といった有力な醸造家一族が、発行済み株式の実に74.3パーセントにあたる3,715株を引き受けました。この圧倒的な出資比率から、野田商誘銀行は事実上、当時の野田醤油株式会社（キッコーマンの旧社名）の傘下にある銀行、あるいは「キッコーマン醤油銀行」とも呼べるような性格を持っていました。また、銀行の名称である「商誘」も、地域産業の根幹である「醤油」にちなんで名づけられたとされています。これは、同行が単なる金融機関としてだけでなく、地域産業の振興を強く意識して設立されたことを示唆しています。

経営と成長

野田商誘銀行の経営は、設立当初から高梨家と茂木家を中心とする醤油醸造家一族によって担われました。初代頭取には茂木房五郎氏が就任し、常務取締役に茂木七郎右衛門氏が就任するなど、主要な役職は彼ら一族が占めました。設立当初は、キノエネ醤油を経営する山下家からも役員が出ましたが、1905年（明治38年）以降は役員はすべて高梨・茂木一族によって占められることになります。株主構成や役員構成からも明らかなように、同行の顧客層、特に融資先は野田の醤油産業関係者が中心でした。しかし、この限定された顧客基盤の中で、野田商誘銀行は極めて堅実な経営方針を貫きました。設立間もない1901年（明治34年）に日本全体を襲った金融恐慌の波も、その堅実な経営と地域産業との強固な結びつきによって乗り越えています。その後も順調に規模を拡大し、1910年（明治43年）頃には、千葉県内に数多く存在した地方銀行の中でも大手に位置づけられるほどに成長を遂げました。これは、野田の醤油産業の発展とともに歩み、地域経済の安定に貢献した結果と言えるでしょう。

統合と終焉

野田商誘銀行の歴史は、第二次世界大戦という時代の大きな流れの中で終焉を迎えます。戦時下、政府は経済統制の一環として、地方銀行の統合再編を進めました。この政策に基づき、野田商誘銀行は1944年（昭和19年）6月1日、当時の千葉県の中心的な金融機関であった千葉銀行にその営業権を譲渡することとなりました。これにより、野田商誘銀行としての業務は終了しました。銀行としての法人格はその後も存続しましたが、わずか1ヶ月後の同年7月7日には、高梨・茂木一族の資産管理会社であった合名会社千秋社と合併し、新たに株式会社千秋社として再出発することになりました。これは、銀行業務から撤退し、一族の資産管理・運用を主とする企業体への転換を意味していました。

旧本店建物

野田商誘銀行の旧本店の建物は、銀行が最も繁栄していた時期に建設されました。具体的には、1926年（大正15年）6月に竣工しました。この建物は、営業権が千葉銀行に譲渡された後、しばらくの間は千葉銀行の野田支店として利用されました。しかし、その後は銀行店舗としての役割を終え、しばらくの間利用されない時期が続きました。建物の所有権は、銀行が千秋社と合併した流れを受け、1970年（昭和45年）にキッコーマン創業家一族の資産管理を目的とする株式会社千秋社の所有となります。この建物は、大正時代の地方銀行の建築様式を今に伝える貴重な存在であり、その歴史的・文化的価値が評価されています。2007年（平成19年）には、経済産業省によって近代化産業遺産群の一つとして認定され、その価値が改めて公的に認められました。現在も野田市内に残り、往時の繁栄と地域の金融史、産業史を物語るシンボルとなっています。

野田商誘銀行は、明治から昭和初期にかけて、野田地域の醤油産業と密接に関わりながら発展したユニークな地方銀行でした。地域の有力産業である醤油醸造業、とりわけキッコーマン創業家の強力なバックアップのもと、堅実な経営で地域経済を支えました。その存在は短い期間で終わりましたが、現存する旧本店建物は大正時代の建築美と地域の歴史を今に伝え、近代化産業遺産としてその価値が後世に引き継がれています。野田商誘銀行の歴史は、日本の地方における産業と金融の関わり、そして激動の時代における企業の変遷を知る上で重要な事例と言えるでしょう。

もう一度検索