金学順

金学順（キム・ハクスン）氏（1924年 - 1997年12月16日）は、1991年に自身が太平洋戦争期の日本軍「慰安婦」であったことを公に証言した韓国人女性です。彼女は性被害を初めて訴え出た韓国人女性の一人とされ、その勇気ある告白は、これまで沈黙していた他の多くの被害者が声を上げる大きなきっかけとなりました。しかし、その生涯にわたる証言内容は一部で異なりが見られ、彼女の経験や経緯については、今日なお国内外で様々な議論の対象となっています。

生い立ちと「慰安婦」となる経緯

金学順氏は1924年、現在の中国吉林省で生まれ、幼くして父を亡くしました。母と共に平壌（現在の北朝鮮）へ移り住み、貧困のため小学校を4年で中退しました。14歳の時、生活苦から母親によって妓生（キーセン）を養成する家へ養女として売られたと証言しています。この家で3年間妓生教育を受けましたが、17歳で卒業しても年齢制限のため正規の妓生として働くことはできませんでした。

その後、彼女は養父と共に中国へ渡りました。中国への渡航経緯については、お金を稼ぐためだったとするもの、養父に連れられたとするもの、北京で日本軍人に拉致されたとするものなど、証言によって違いがあります。最終的に、彼女は中国の鉄壁鎮付近にあったとされる日本軍の慰安所に送られました。

慰安所での体験、脱出、そしてその後の人生

慰安所での生活はわずか約3ヶ月間だったと金氏は語っています。そこには他の朝鮮人女性が数人おり、軍医の検査はあったものの、自身は金銭を受け取らなかったと証言しています。比較的短い期間で、彼女は慰安所から脱出し、その後は中国国内で生活を始めました。上海へ移り住み、結婚して子供をもうけ、質屋を経営するなどして生計を立てました。戦後、1946年には韓国へ帰国しました。

公開証言と提訴

長い年月が過ぎた1991年8月、金学順氏はソウルで記者会見を開き、自らの過去を公にしました。この行動は慰安婦問題に対する関心を高め、他の元「慰安婦」たちの告白を促しました。日本のメディアでも報じられましたが、初期には事実と異なる「女子挺身隊」としての強制連行を示唆する記述が含まれ、後に訂正されるに至りました。韓国国内では、「慰安婦」と「挺身隊」を混同した報道も広まりました。1991年12月、金氏は他の元「慰安婦」らと共に日本政府を相手取り損害賠償を求める訴訟を起こしましたが、この裁判は最終的に最高裁で原告側の請求が棄却されました。

証言内容を巡る議論

金氏の証言内容は、時期によって差異が見られることから、その経緯や解釈を巡って様々な議論があります。幼少期の「身売り」やキーセン学校の経験、中国への渡航経緯や慰安所への連行方法など、複数の証言が存在するためです。

これらの違いから、彼女のケースを「身売り」や「人身売買」の結果として慰安婦になったと解釈する見解がある一方、本人の意志に反して慰安所へ送られた点を重視し、「強制」あるいは「拉致」の一種として捉える見解もあります。共同調査に携わった安秉直氏は当初は金氏の証言の信頼性を高く評価しましたが、後に見解を変えました。対照的に、歴史研究者の吉見義明氏は、複数回の聞き取りなどから調査結果は信頼できるとし、人身売買の結果慰安婦になった点などは信用できると述べています。鉄壁鎮の場所が特定できないことや、慰安婦としての滞在期間が短い点なども議論の対象です。

晩年と死去

晩年の金学順氏は、韓国政府からの支援を受けていました。アジア女性基金による「償い金」については、政府の謝罪ではないとして受け取りを拒否しました。彼女は1997年12月16日に73歳で亡くなりました。報道によれば、生涯を通じて蓄えた財産の一部を教会へ寄付したとされています。

金学順氏が沈黙を破り、自らの経験を語ったことは、「慰安婦」問題に光を当てる上で決定的な役割を果たし、他の被害者の告白を促す起点となりました。その意義は大きい一方で、証言内容を巡る複雑な経緯は、歴史的事実の認定や、多様な経験の理解に関する困難さを示唆しています。金氏の生涯と証言は、今なお多くの問いを投げかけています。

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