鉄の肺

鉄の肺：呼吸困難を支えた人工呼吸器

鉄の肺は、呼吸困難に陥った患者の生命を支えた人工呼吸器です。その仕組みは、患者を気密性の高い容器に入れ、容器内の気圧を周期的に変化させることで呼吸を補助するというものです。陰圧にすることで胸郭が広がり吸気が、平圧に戻すことで胸郭が縮み呼気が行われます。まるで、機械が患者の代わりに呼吸をしているかのような仕組みです。

発明と普及

鉄の肺は、1928年、アメリカでポリオの流行を背景に開発されました。ポリオは、呼吸筋麻痺を引き起こし、呼吸困難に陥る危険性がありました。この深刻な状況を打破するため、ハーバード大学の研究者たちが開発した鉄の肺は、多くの患者の命を救う画期的な医療機器となりました。

しかし、鉄の肺は装置が大きく高価なため、普及には課題がありました。患者の全身を覆う必要があったため、介護にも困難が伴いました。そのため、1950年代以降は、より小型で操作性の良い陽圧式人工呼吸器へと主流は移っていきました。現在では、鉄の肺はほとんど使用されていませんが、日本の診療報酬点数表にはいまだに掲載されており、医療の歴史を語る上で重要な装置です。

木の肺：人々の工夫と支援

鉄の肺の高価格、入手困難は、多くの困難を生みました。そこで、各地のエンジニアや木工職人がボランティアとして、鉄の肺と同様の機能を持つ装置を製作しました。安価なベニヤ板などの木材を多く使用したことから、これらの装置は「木の肺」と呼ばれました。これらは、鉄の肺の普及に大きく貢献しました。特に、アメリカでポリオが流行した1930～50年代には、多くの「木の肺」が製作され、患者の命を支えました。

改良と発展

鉄の肺も、開発以来、様々な改良が加えられてきました。当初のモデルは、大型で操作が複雑でしたが、技術の進歩とともに小型化、操作性の向上も実現しました。中でも、ボス・レスピレーターと呼ばれる合板製のモデルは、安価で製造が容易であったことから、世界中で広く普及しました。オーストラリアやイギリスでは量産体制が確立され、多くの患者に提供されました。

鉄の肺と長く共に生きた人々

鉄の肺は、多くの患者の命を救うと共に、幾多の人生に深く関わってきました。特に有名なのは、ポール・アレクサンダー氏の事例です。彼は6歳でポリオに感染し、70年以上を鉄の肺に繋がれた状態で過ごしました。2023年には、その功績がギネス世界記録に認定されました。彼の生涯は、鉄の肺という医療機器の歴史と、それに支えられた人々の強さを象徴しています。

鉄の肺：医療技術史における重要な一ページ

鉄の肺は、医療技術史において重要な位置を占める医療機器です。その開発、普及、そして人々の努力は、医療技術の進歩、そして患者のケアに対する姿勢を物語っています。現在では使用されることは少なくなりましたが、その存在は、医療従事者や技術者たちの創意工夫、そして患者への思いやりを私たちに伝えてくれます。鉄の肺は、単なる医療機器ではなく、人々の生命と希望を繋いだ歴史的遺産なのです。

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