ボス・レスピレーター

ボス・レスピレーター：ポリオ流行期を救った革新的な人工呼吸器

1937年、オーストラリアではポリオが猛威を振るっていました。ポリオの合併症である麻痺性呼吸障害は、多くの患者を死に至らしめる深刻な問題でした。当時、この病気を治療する主要な手段は「鉄の肺」と呼ばれる陰圧換気型の人工呼吸器でしたが、高価で重く、修理にも困難が伴うことから、普及は進んでいませんでした。

そんな中、アデレード大学の研究者であったエドワード・トーマス・ボスは、安価で携帯可能な人工呼吸器の開発に着手します。弟のドナルドと共に医療機器会社を経営していた彼は、数週間のうちに合板製の新しい人工呼吸器を完成させました。これが「ボス・レスピレーター」です。

ボス・レスピレーターは、従来の鉄の肺とは異なり、合板を使用することで大幅な軽量化と低価格化を実現しました。価格は従来の鉄の肺の数十分の一に抑えられ、車輪付きで移動も容易でした。さらに、シンプルな構造だったため、病院内の工房でも自作できるほどでした。これらの特徴により、ボス・レスピレーターは瞬く間に普及していきました。

その高い携帯性から、病院だけでなく、自宅での使用も可能となり、長期間の呼吸器管理を必要とする患者にとって大きな福音となりました。2003年現在でも、オーストラリアのビクトリア州には数台のボス・レスピレーターが家庭で使用されていると報告されています。

1938年、エドワード・ボスは別の発明品である心電計を販売するためイギリスを訪れていました。滞在中に、彼はBBCラジオで田舎の病院で鉄の肺を必要とする患者の話を耳にします。すぐに彼は工房を借りて、24時間以内にボス・レスピレーターを製作、ロンドン郡議会の承認を得て、患者の治療に貢献しました。

この出来事をきっかけに、ボス・レスピレーターはさらに注目を集めます。ラドクリフ診療所のナフィールド病院に送られたボス・レスピレーターの短編フィルムは、後に自動車メーカーの創業者であり慈善家としても知られるウィリアム・モリス（ナフィールド卿）の目に留まりました。

ナフィールド卿は、ボス・レスピレーターの有効性とポリオ患者への貢献を高く評価し、自ら資金を提供して、英連邦内の病院に多数のボス・レスピレーターを無償で提供することを決定しました。自動車工場の一部を製造拠点として提供し、大規模な生産体制を構築したのです。

当初、英国における鉄の肺の開発者から、ナフィールド卿による不完全な装置の提供や使用方法の指導不足を批判する声もありましたが、1700台以上のボス・レスピレーターが病院に配布され、多くの患者の命を救いました。1950年代初頭には、イギリスだけで700台以上のボス・レスピレーターが使用されており、従来の鉄の肺をはるかに凌駕する普及率を達成しました。

ボス・レスピレーターは、その簡素な設計と携帯性、そして安価さによって、ポリオ流行という危機的状況において、多くの命を救うために大きな役割を果たした画期的な医療機器でした。 ナフィールド卿による支援も相まって、その普及は医療の歴史に大きな足跡を残しています。

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