長尾景弘

長尾 景弘

平安時代後期に活躍した武将であり、後に戦国時代にかけて勢力を広げた長尾氏の源流とされる人物が長尾景弘（ながお かげひろ）です。彼は相模国（現在の神奈川県）の長尾郷を根拠地とし、長尾二郎と名乗っていたことが知られています。また、源氏や平氏といった有力武士団の一員が集まる「関東八平氏」にも数えられたとされています。

景弘の出自、特にその系譜については、歴史上のいくつかの文献で異なる記述が見られます。これは、当時の系図作成における慣習や、後世において特定の祖先（特に有名な武将）に繋げようとする意図などが影響している可能性があると考えられています。

主要な史料における景弘の系譜に関する記述は以下の通りです。

系譜に関する諸説

『大日本野史』の記述

『大日本野史』巻の一百一十二「武臣列伝第二十・[長尾景信]」の項では、景弘の系譜について詳細に触れています。本文中には、「鎮守府将軍良文（たいらのよしふみ）の曾孫にあたる景政（かげまさ）は、鎌倉権五郎と称された」とした上で、「景政の後に景弘がいる」と記されています。そして、景弘自身については「初め相模長尾郷を領し、長尾二郎と称す。関東八平氏の一員と為る」と説明し、前述の良文曾孫景政の後裔とする説を紹介しています。これは、景弘を著名な鎌倉権五郎景政の流れに位置づける見方と言えます。

『藩翰譜』および『北条五代記』の記述

江戸時代に編纂された『藩翰譜（はんかんぷ）』や、北条氏の歴史を記した『北条五代記』でも景弘について言及されています。これらの史料では、景弘を「鎌倉景政の孫」であるとしています。これも『大日本野史』と同様に、景弘を鎌倉景政の子孫と位置づけていますが、景政から数えて何代目に当たるかについては「孫」としており、『大日本野史』の「景政後景弘」や後述の「五世」といった表現とは異なる解釈を示しています。

『宇佐美定祐記』の記述

一方、宇佐美定祐（うさみ さだすけ）が記したとされる記録では、また別の系譜が提示されています。そこには、「村岡将軍忠道（むらおかしょうぐん ただみち）の三男である鎌倉四郎景村（かげむら）の子が景明（かげあき）である」とした上で、「景明の子として、長男が大庭景宗（おおば かげむね）、次男が長尾景弘である」と記されています。この説では、景弘を大庭氏の祖である大庭景宗と兄弟関係とし、父を鎌倉景明としています。この景明は前述の鎌倉権五郎景政とは別系統、あるいは関係が異なる可能性があり、系譜研究において議論される点です。

『夏目定房記』の記述

さらに、夏目定房（なつめ さだふさ）が記したとされる系図では、良文の五世孫にあたる村岡太郎景通（かげみち）の嫡子が鎌倉権五郎景政であるとし、その「景政の五世孫」が景弘であるとしています。この説も景弘を鎌倉景政の子孫としていますが、景政から数えて五代目にあたると具体的に示しており、『藩翰譜』などの「孫」説とは異なる世代間隔を示唆しています。

これらの諸説からわかるように、長尾景弘が良文流の平氏に連なる武士であり、特に著名な武将である鎌倉権五郎景政との関係が深く語られている一方で、その正確な系譜、特に景政から数えて何代目に当たるのか、あるいは鎌倉景明を父とする説など、複数の見解が存在していることがわかります。これらの違いは、史料が成立した時代や目的、伝承された情報によって生じたものと考えられます。

家族

景弘の父については、前述の系譜の諸説により、鎌倉景明とされる説など複数の可能性が考えられますが、明確な結論は出ていません。母についても詳細は不明です。しかし、子については長尾定景（ながお さだかげ）と長尾為宗（ながお ためむね）がいたことが記録されています。彼らが景弘の後を継ぎ、長尾氏の発展の基礎を築いていったと考えられます。

長尾景弘は、その生没年を含め、詳細な史料が限られている人物ですが、相模国の有力武士としての地位を確立し、後の越後長尾氏など、様々な系統に分かれて発展していく長尾氏の「祖」と位置づけられている点で、日本の武家史において重要な人物と言えます。系譜に関する諸説は、彼がいかに当時の有力な武士団と関係付けられ、後世の長尾氏が自らの正統性を示す上で、その祖先がいかに語られてきたかを示唆しています。

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