阿佐ヶ谷文士村

阿佐ヶ谷文士村：文学の息吹が薫る場所

阿佐ヶ谷文士村は、昭和時代に東京府豊多摩郡杉並町阿佐ヶ谷（現在の杉並区阿佐ヶ谷地域）に形成された、文筆家たちが集うコミュニティを指します。1922年の中央線阿佐ヶ谷駅の開設と、翌年の関東大震災が、この文士村誕生の背景にありました。

誕生の背景

関東大震災によって東京は壊滅的な被害を受け、住居を失った人々が中央線沿線へと移り住むようになりました。その流れの中で、多くの文士たちが阿佐ヶ谷界隈に住居を構えたのが、阿佐ヶ谷文士村の始まりとされています。

1927年には、後に阿佐ヶ谷文士村の中心人物となる井伏鱒二が荻窪に居を構え、阿佐ヶ谷にも頻繁に姿を見せるようになります。井伏の影響を受け、太宰治をはじめとする多くの文士が阿佐ヶ谷に集まり、交流を深めました。

阿佐ヶ谷会の隆盛

阿佐ヶ谷文士たちの交流の象徴とも言えるのが、「阿佐ヶ谷会」です。当初は将棋の会として始まり、戦後は飲み会として、多くの文士たちが親睦を深めました。この交流は1970年代まで続き、阿佐ヶ谷文士村の文化を支える大きな力となりました。

プロレタリア文学と芸術派の交流

阿佐ヶ谷には、川端康成、横光利一、大宅壮一など、様々な立場の文士が集まりました。プロレタリア文学が隆盛を極める一方で、芸術派の文士たちは同人誌などを通じて作品を発表し、独自の文学活動を展開しました。

井伏鱒二は、左傾化を拒み、プロレタリア系の雑誌に投稿しなかったため、経済的に苦しい時期もありましたが、阿佐ヶ谷駅前にあった中華料理店「ピノチオ」で酒を酌み交わし、同じような境遇の文士たちと交流を深めました。この店は、文士たちの社交場となり、後に「阿佐ヶ谷会」へと発展していきました。

同人誌による表現

プロレタリア文学に対抗するため、芸術派の作家たちは同人誌を発行し、作品発表の場を設けました。1928年には、井伏鱒二ら阿佐ヶ谷界隈の文士たちが中心となり、雑誌「文芸都市」を創刊。井伏の出世作「山椒魚」も掲載されましたが、短命に終わりました。

1930年代に入ると、治安維持法が強化され、プロレタリア文学は衰退の一途を辿ります。小林多喜二をはじめとするプロレタリア系の作家たちは弾圧を受け、文学活動は困難を極めました。

戦後の阿佐ヶ谷会

第二次世界大戦後、阿佐ヶ谷に戻った文士たちは、再び「阿佐ヶ谷会」を再開します。戦後は、将棋大会から純粋な飲み会へと形を変え、新たなメンバーも加わりました。会は、かつての貧乏文士たちが一流作家へと成長し、華やかなものとなりましたが、気楽な雰囲気は変わらなかったと言われています。

1960年代も阿佐ヶ谷会は継続されましたが、昭和初期の頃とは異なり、その交流の性質も変化していきました。1971年に青柳瑞穂が亡くなり、1972年に最後の阿佐ヶ谷会が開かれ、阿佐ヶ谷文士村の歴史は幕を閉じました。

阿佐ヶ谷文士村は、短い期間ではありましたが、日本の文学史に大きな足跡を残しました。多くの文士たちが集い、交流し、作品を生み出したこの地は、今もなお文学の香りを漂わせています。

阿佐ヶ谷文士村ゆかりの人物

井伏鱒二
太宰治
川端康成
横光利一
大宅壮一
青柳瑞穂
蔵原伸二郎

阿佐ヶ谷文士村に関する施設

杉並区立阿佐谷図書館：「阿佐ヶ谷文士村コーナー」を設置
* 杉並区立郷土博物館：杉並に暮らした文化人や「『荻窪風土記』の世界」などの展示

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