阿用郷の鬼

阿用郷の鬼：『出雲国風土記』に記された異形の鬼

『出雲国風土記』大原郡阿用郷の条に登場する「目一鬼（まひとつおに）」は、日本に現存する文献で確認できる最古の鬼の記述とされています。この鬼は、島根県雲南市阿用川流域に設けられていたとされる阿用郷で、人を食らう恐ろしい存在として語られています。

伝承

風土記の記述によれば、ある人が阿用郷で山田を耕作していたところ、一つ目の鬼が現れてその男を食べてしまいました。男の両親は竹林に隠れていましたが、竹の葉の揺れを見て鬼は男の居場所を突き止め、食べてしまいます。その際、男が発した「動動（あよ、あよ）」という言葉が、地名の由来になったとされています。

考察

阿用郷の鬼の伝承については、様々な解釈がなされています。

異種族との対立： 一つ目の鬼は、異種族の身体的特徴を表現したものではないかという説があります。特に、古代出雲が金属加工の盛んな地域であったことから、鍛冶に携わる人々を異能の民として畏怖する風習と関連付ける見方があります。鍛冶職人の職業病として片目を失明する者が多かったことが、一つ目という表象に繋がったとも考えられています。

農耕儀礼との関連： 鬼が農民を食らうという展開から、製鉄集団と農耕集団の対立を反映しているとする説があります。また、鬼を農耕を妨害する神と捉え、「煙を立てる」行為を神への警戒と解釈する説もあります。

地すべりの暗示： 地名学的な観点からは、「アヨ」が「落ちる、動揺する」という意味を持つことから、崖地や崩壊地を指し、鬼の伝説は地すべりを示唆しているとも考えられます。

竹林の神聖性： 男の両親が竹林に身を隠したという記述は、竹の持つ再生力に神聖性を感じ、竹林を守られた空間と捉えていたことを示唆していると考えられます。

鬼の表象

阿用郷の鬼は、近世に登場する一つ目小僧のような人畜無害な妖怪とは異なり、人を食らう恐ろしい怪物として描かれています。この点において、雲南市阿用地域に伝わる「のうま」という妖怪との関連性も指摘されています。

備考

地名起源説話：揺れ動くことを意味する古語「あよぐ」と、男の嘆きの声「あよ」を掛けて地名の由来を説明しています。
鬼の性別：文法上からは不明ですが、記紀以降の鬼の描写では、身体的な特徴のみが記述されるか、性別に触れられていないことが多いです。
* 事八日：2月8日と12月8日には、一つ目の鬼が来るとされ、目籠やヒイラギの枝を飾って邪視を除ける習慣がありました。

阿用郷の鬼の伝承は、古代出雲の人々の自然観や異文化に対する認識、そして社会構造を理解するための貴重な手がかりとなります。

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