阿部泰隆

阿部 泰隆氏（1942年3月30日生）は、日本の行政法学を牽引してきた重鎮の一人であり、弁護士としても活動しています。神戸大学および中央大学で長年にわたり教鞭を執り、現在は神戸大学名誉教授の称号を有しています。法学博士（東京大学）の学位を持ち、兵庫県弁護士会に所属しています。

経歴

福島県福島市に生まれた阿部氏は、福島県立福島高等学校を経て、1964年に東京大学法学部を卒業しました。卒業後、同法学部の助手に就任し、研究者としてのキャリアをスタートさせます。

1967年には神戸大学法学部の助教授に転じ、その後1977年に教授に昇任しました。神戸大学在職中には、1993年にドイツのトリア大学にて客員教授を務めるなど、国際的な研究交流も行っています。2000年には神戸大学大学院法学研究科の教授となり、教育と研究に尽力しました。

2005年に神戸大学を定年退職し、名誉教授の称号を得ると同時に弁護士登録を行い、新たな活動を開始します。同年から中央大学総合政策学部の教授として教壇に立ちましたが、2012年3月に同大学も定年退職しました。

研究と主張

阿部氏の研究は、環境法、地方自治法、都市計画法など、行政法の枠を超えた幅広い分野に及びます。東京大学助手時代はフランス行政法を中心に研究していましたが、後にドイツやアメリカの行政法にも視野を広げ、多角的な視点を確立しました。田中二郎、雄川一郎といった著名な法学者に師事し、その学風を吸収しつつ、独自の研究スタイルを築き上げました。

阿部氏の研究の最大の特徴は、単なる法解釈にとどまらず、実際の行政システムが抱える問題点を実例に基づきながら鋭く分析し、具体的な改善策を積極的に社会に発信している点にあります。複雑な行政のあり方を分かりやすく表現するために、「猫に鰹節の番をさせるシステム」「ネズミがライオンに挑む」といった独自の比喩や格言を数多く生み出しました。これらの言葉は、行政と市民の関係性や、法の不備を痛烈に風刺しています。

また、日本の行政システム、特に内閣法制局に対しては、「シーラカンス」と表現するなど、その硬直性や時代遅れな姿勢を厳しく批判しています。この批判の背景には、国民に分かりやすい法律を作る努力の欠如や、過去の行政実例に固執する姿勢があるとしています。

社会活動と近年の動向

弁護士登録後は、その専門知識を活かして法曹界でも活動しています。特に近年、世間の注目を集めたのが、森友学園問題を巡る近畿財務局元職員、赤木俊夫氏の妻である赤木雅子氏が元理財局長を相手取った損害賠償請求訴訟において、原告側の依頼を受けて意見書を作成したことです。

2022年の大阪地裁での判決が「公務員の個人責任を認める法的根拠は見出しがたい」として原告の請求を退けたことに対し、赤木氏は控訴。その控訴審のために作成された阿部氏の意見書は、公務員の個人責任という、日本の行政法学における重要な論点に切り込む内容でした。阿部氏は意見書の中で、「被害者が加害公務員に対して持つ損害賠償を求める権利は憲法で保障された財産権であり、これを奪うことはできない」と力説し、「公務員であるという理由だけで被害者に対する責任を免れることは許されない」と主張しました。この意見書は、公務員の不正行為に対する個人責任を問うことの重要性を改めて問い直すものであり、行政法学界内外で大きな反響を呼びました。

長年の研究活動や社会への貢献に対して、阿部氏は多くの栄誉を受けています。日本不動産学会、都市住宅学会、地域政策学会、日本地域学会などから複数の著作賞を受賞し、関係する多くの学会で理事を務めました。2023年には、瑞宝中綬章を受章しています。

主要著書

阿部氏の主要な著書には、以下のようなものがあります。

『フランス行政訴訟論』
『行政救済の実効性』
『事例解説行政法』
『行政裁量と行政救済』
『国家補償法』
『国土開発と環境保全』
『行政法の解釈』
『行政訴訟改革論』
『政策法務からの提言』
『大震災の法と政策』
『政策法学の基本指針』
『行政の法システム』
『〈論争・提案〉情報公開』
『政策法学と自治条例』
『こんな法律はいらない』
『内部告発（ホイッスルブロウワァー）の法的設計』
* 『行政法解釈学I-実質的法治国家を創造する変革の法理論』

これらの著書は、日本の行政法学の研究者や実務家にとって、今日でも重要な文献とされています。

阿部泰隆氏は、理論と実務の架け橋となり、常に社会の現実を見据えながら日本の行政システムや法制度の改善を訴え続けている、影響力の大きい法学者・弁護士です。

もう一度検索