陽炎 (映画)

『陽炎』（かげろう）は、1991年に公開された日本の任侠アクション映画です。監督は五社英雄、主演は樋口可南子と仲代達矢が務めました。物語は昭和初期の熊本を舞台に、料亭を巡って渦巻く愛憎劇と、運命に翻弄されながらも強く生き抜く一人の女胴師の活躍を描いています。

原作は、後の人気作家・天童荒太が栗田教行名義で発表した作品です。製作はバンダイ、松竹、松竹第一興行が共同で行い、松竹が配給を担当しました。本作は五社監督にとって、病からの復帰後の重要な一作となりました。公開翌年に五社監督は惜しくも逝去しましたが、本作はその遺作の一つとされており、監督の遺志を引き継ぐ形で、主演を高島礼子に代え、監督も変えながら計3本の続編が「陽炎シリーズ」として製作されています。

本作の製作経緯には、松竹の奥山和由プロデューサーと五社監督の関係が深く関わっています。東映映画、特に任侠作品に造詣が深かった奥山氏は、五社監督に自身の企画を託したいと強く願っていました。かつて、奥山氏は勝新太郎主演、五社監督による『座頭市』の企画を進めていましたが、両者の意見が合わず実現しませんでした。その後、奥山氏が手掛けた『ハチ公物語』が大ヒットした際に五社監督から温かい手紙を受け取ったことや、1989年製作の『226』で五社監督にメガホンを取ってもらった縁がありました。『226』公開直後に五社監督が食道がんの手術を受けたと聞いた奥山氏は、作品での過酷な作業が影響したのではないかと負い目を感じ、その復帰作として本作の監督を依頼したとされています。

スタッフには、脚本の高田宏治、撮影の森田富士郎、美術の西岡善信、編集の市田勇といった面々が名を連ねており、これは1980年代に東映が『鬼龍院花子の生涯』、『陽暉楼』などで成功を収めた女性任侠映画の布陣と共通しています。キャストも、仲代達矢、かたせ梨乃、夏八木勲、岩下志麻、緒形拳など、五社作品の常連ともいえる実力派俳優が多数出演しており、東映の任侠映画との共通点が多い作品と言えます。

主演の城島りん役には、五社監督自身が樋口可南子を抜擢しました。監督は彼女の中に「凄味のある女優」としての資質を見出し、高く評価していたといいます。撮影は1990年秋に行われましたが、五社監督は既に病魔に侵されており、かつてのような強引な演出は見られなかったと伝えられています。また、主演の仲代達矢は、本作の撮影中に五社監督の全身に刺青が施されているのを見て驚いたというエピソードを明かしています。監督が刺青を彫ったのは1983年の『陽暉楼』撮影時期とされるこの刺青について、仲代氏は病によって死期を悟った監督が、自身の生き様を身体に刻みつけようとしたのではないかと感じたという。五社監督は可愛がっていた俳優の竹中直人にも、撮影前にこの刺青を見せていたとされています。

物語の主要な舞台となる熊本市の遊廓、二本木の料亭「八雲」などは、松竹京都撮影所内に巨大なオープンセットとして建設されたとみられています。冒頭で大阪を舞台としたシーンは、実際の蒸気機関車を用いたロケーション撮影であることは明らかですが、物語の大部分を占める熊本での場面では、明らかに外部でのロケと判断できる箇所はほとんど見当たりません。

劇中には、オープニングクレジット前のシーンで、洗い髪をする樋口可南子の背中の彫り物と共に胸元が映し出される場面があります。また、中盤には賭博の手本引のイカサマを練習する場面で、彼女の胸部を正面から捉えたカットも存在しますが、いわゆる濡れ場とされる描写はありません。緒形拳、岩下志麻、光石研、芦屋小雁といった俳優陣は、物語に深みを与えるために1シーンのみの出演となっています。

作品のエンディングクレジットでは、まず主要キャストの顔のアップが順に映し出される独特の演出が見られます。ここで使用されている楽曲は、SF映画の金字塔『ブレードランナー』のエンディングテーマ「エンド・タイトルズ」に酷似していると指摘されています。

本作の公開時期が、篠山紀信撮影による樋口可南子のヘアヌード写真集の発売と重なったこともあり、この話題性が大きく興行成績に貢献しました。いわゆる東映が得意とした女性任侠映画のスタイルを踏襲しつつ、主演女優の話題性を巧みに利用したことで、本作は商業的な成功を収めたのである。五社監督の遺志を継ぐ形で、その後も「陽炎シリーズ」として続編が製作され、日本の任侠映画史において特異なシリーズとなりました。

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