隠花植物

隠花植物（いんかしょくぶつ）

隠花植物とは、過去の生物分類において、顕花植物（けんかしょくぶつ） に対する用語として用いられた呼称です。かつて生物界を動物と植物の二つに大きく分ける「二界説」が主流であった時代に、植物の中で花を咲かせないあらゆる生物群を包括的に指すために使われていました。

この用語の下には、非常に多様な生物が含まれていました。具体的には、以下のようなグループが挙げられます。

植物界：コケ植物やシダ植物といった、現在も植物界に含まれる生物群。
原生生物界：単細胞生物や多細胞生物を含む、藻類全般。
菌界：カビやキノコ、酵母など、現代では菌界として独立したグループである真菌類のすべて。かつては植物と見なされていた、変形菌や卵菌などもここに含められることがありました。
真正細菌：光合成を行う藍藻（シアノバクテリア）や、土壌中に広く存在する放線菌など、あらゆる細菌（バクテリア）。
* 古細菌：過酷な環境に生息するメタン菌や高度好塩菌といった、かつてバクテリアの一種と考えられていたグループ。

用語の歴史的変遷と現在の位置づけ

隠花植物という用語が使われなくなった主な理由は、そこに包含されていた生物群が、実際には系統的にも生態的にも極めて多様であり、単に「花を咲かせない」という特徴だけでひとまとめにすることが不適切であることが明らかになったためです。

現代の生物学における系統分類では、これらの生物は植物界だけでなく、菌界、原生生物界、細菌（真正細菌）、古細菌といった、それぞれ大きく異なる独立したグループに分類されています。動植物二界説という古い分類体系自体の限界が認識され、多界説へと移行する中で、隠花植物という用語は学術的な存在意義を失っていきました。

このような用語の歴史と、その後の使われなくなった経緯は、動物の世界でかつて広く使われた「無脊椎動物」という用語と類似しています。無脊椎動物もまた、脊椎動物以外の非常に多様な動物群を包括した用語であり、学術的な分類群としては現在では用いられません。

現在、隠花植物という用語が生物学関連の専門分野で使われることはほとんどありません。見かけるとすれば、科学史に関する記述、例えば日本の博物学者である南方熊楠が隠花植物の研究を志したことに触れる文脈など、歴史的な背景を説明する際に限られます。

しかし、学術分野以外では、文学的な表現として使われたり、特定の分野を指す一般名称として用いられることがあります。例えば、写真家の伊沢正名氏のように、コケやシダ、菌類など、かつて隠花植物と呼ばれた生物群全体を被写体として集中的に撮影活動を行う人物が、自身の活動分野を「隠花植物」と称する例などが見られます。

一方で、現代の系統分類において、「有胚植物」という特定のグループ（コケ植物、シダ植物、種子植物などを含む）に限定して議論する際に、「花の咲かない有胚植物」（すなわちコケ植物とシダ植物）を指す用語として、限定的に有効な使い方ができる可能性も指摘されています。

総じて、隠花植物は生物の多様性に対する理解が進化する過程で使われなくなった、歴史的な分類用語であると言えます。

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