電子スピン共鳴

電子スピン共鳴（EPR/ESR）の原理と応用

電子スピン共鳴（Electron Paramagnetic Resonance、略称EPR、またはElectron Spin Resonance、略称ESR）は、物質中の不対電子を検出する分光法です。不対電子を持つ物質、例えば遷移金属イオンを含む化合物やフリーラジカルは、磁場中において特定の周波数のマイクロ波を吸収します。この吸収現象を検出することで、不対電子の存在やその環境に関する情報を得ることができます。

EPRの原理

EPRの基礎は、電子のスピンと磁場の相互作用にあります。不対電子はスピン角運動量を持ち、磁場中で2つのエネルギー準位に分裂します。このエネルギー差は、磁場の強さと電子の磁気モーメントによって決まります。特定の周波数のマイクロ波を照射すると、低エネルギー準位にある電子は、マイクロ波のエネルギーを吸収して高エネルギー準位に遷移します。この共鳴吸収がEPRシグナルとして観測されます。吸収曲線は、複素アドミッタンスの虚数部で表されます。

EPR測定

EPR測定装置は、試料に一定の周波数のマイクロ波を照射し、磁場強度を連続的に変化させることで共鳴吸収を検出します。マイクロ波の周波数と共鳴吸収が観測された磁場強度から、g値と呼ばれるパラメータを算出できます。g値は、電子の局在環境やスピン相互作用に関する情報を提供します。

試料の温度も測定に影響を与えます。安定な不対電子を持つ試料であれば常温で測定できますが、寿命の短い不対電子を検出するには、液体窒素(77K)や液体ヘリウム(4.2K)を用いて試料を冷却する必要があります。

EPRとNMRの比較

EPRは不対[電子]]を検出する強力な手法ですが、多くの安定な有機化合物は閉殻構造をとり不対電子を持たないため、核磁気共鳴]に比べて適用範囲は狭くなります。両手法はスピンの励起という点で共通していますが、EPRは[[電子のスピン、NMRは原子核のスピンを励起対象とします。電子の質量の方が原子核より大きいため、EPRはNMRに比べて低磁場、高周波数で測定が行われます。例えば、0.3テスラの磁場では、スピンの共鳴は10GHzで起こります。

EPRの応用

EPRは、幅広い分野で応用されています。

固体物理学: ラジカルの同定と定量
生物学・医学: 生物学的スピンプローブを用いた生体分子の研究
化学: 反応経路の追跡、錯体化学
考古学・古生物学: 化石や鍾乳石の年代測定（放射線照射による不対電子の蓄積量から年代を推定）
生化学: 電子伝達に関与するタンパク質中の金属クラスターの検出（例：光合成研究における光化学系反応中心やフェレドキシン中の鉄硫黄クラスター）

特に、生物学においては、細胞の特定部位に結合する反応性の低いラジカル（スピンラベルまたはスピンプローブ）を用いることで、生体分子の微小環境に関する情報を得ることができます。ラジカルは反応性が高いため、生体環境では高濃度で存在することは稀です。しかし、1電子を奪われた分子が他の分子から電子を引き抜く連鎖反応が起こるため、少量のラジカルでもその影響は大きくなります。

より詳細な分析には、高磁場・高周波数の測定装置が必要となる場合があり、そのような装置は限られた施設にしか設置されていません。（例：フランスのグルノーブルにあるILL (Institut Laue-Langevin)、アメリカのタラハシー）

関連文献

EPRに関する基礎的な論文や教科書は多数存在します。いくつか重要な文献を以下に挙げます。

Bagguley D M S & Griffiths J H E. ,Nature 160:532-5, 1947.
Bleaney B & Penrose R P. ,Proc. Phys. Soc. London A 60:395, 1948.
A. Abragam, M. H. L. Pryce,Proc. R. Soc. Lond. A 205, 135-153 (1951).
J. H. Van Vleck,Phys. Rev. 74, 1168 (1948).
P. W. Anderson and P. R. Weiss,Rev. Mod. Phys. 25, 269 (1953).
Slichter, Charles,Principles of Magnetic Resonance,Springer
Abragam A & Bleaney B.,Electron paramagnetic resonance of transitionions,Oxford University Press, 1970.
Abragam A,Principles of Nuclear Magnetism,Clarendon Press, 1983.
その他、日本語の教科書や解説書も多数存在します。

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