霊猫香

霊猫香(れいびょうこう)は、ジャコウネコ科の動物、特にアフリカジャコウネコ(Civettictis civetta)の分泌物を原料とする動物性香料です。シベット(civet)とも呼ばれ、その独特な香りと性質から古くから香料などに利用されてきました。

この香料は主にアフリカ大陸のエチオピアで採取されています。原料は、ジャコウネコの尾の付け根近くにある香嚢(かこう)、会陰腺とも呼ばれる器官から得られるペースト状の分泌物です。ジャコウネコは気性が荒く、人間に慣れにくいため、飼育施設では一頭ずつ狭い囲いで管理されます。分泌物の採取は、およそ九日周期で香嚢に道具を挿入し、内容物を掻き出すという方法がとられます。一度に約10グラム得られます。かつては牛の角などで運ばれましたが、今日ではアルミ缶などが使われます。この採取方法は、動物福祉の観点から批判されることがあります。

採取直後は黄白色の粘性ペーストですが、空気に触れると黒っぽく変化して粘度を増し、やがて酸敗します。香料として使う際は、エタノールに溶かし濾過した「チンキ」として用いるのが一般的です。香りは極めて特徴的で、原液は強いのような獣臭を放ちますが、極めて低濃度に希釈すると、魅力的で心地よい芳香へと変化します。

香りの変化は、霊猫香に含まれる化学成分に由来します。主成分は脂肪粘液ですが、香気成分はシベトンと呼ばれる大環状ケトンが約3%で、これが希釈時の心地よい香りの本体です。強い臭の原因であるスカトールも含まれますが、スカトールも低濃度ではジャスミンなどを思わせる花様の香りに感じられる性質を持ちます。香りはこれらの成分と希釈濃度によって生まれます。

霊猫香は主に香水の原料として重要です。主な効果は「保留性」で、香りを長く持続させます。また、フローラル系の香りを引き立てる「修飾剤」としても機能します。少量で香水全体に深みと持続性をもたらすため、特に高級香水で重宝されました。香料以外では、伝統的な漢方薬の一部にも利用されます。古代では媚薬として使われた記述や、クレオパトラが肌に塗っていた伝説もあります。

霊猫香の生産は、野生からの採取に頼る他の動物性香料と異なり、飼育下での継続生産が可能です。このため、ワシントン条約などの厳しい国際取引規制の対象ではありません。しかし、ジャコウネコの飼育環境や採取方法に対しては、動物倫理の観点から批判があり、近年では合成香料で代替する動きも見られます。霊猫香は、採取方法に問題を抱えつつも、強烈な獣臭が希釈によって芳醇な芳香へと変貌するという性質を持ち、香料の歴史において特別な位置を占める素材です。

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