青銅の蛇 (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンスの「青銅の蛇」

バロック期の巨匠、ピーテル・パウル・ルーベンスが1635年から1640年頃に制作した油彩画「青銅の蛇」は、旧約聖書の「民数記」21章に記されたモーセの物語を題材としています。この作品は、神が送った燃える蛇によって苦しむイスラエルの人々が、モーセが作った青銅の蛇を仰ぎ見ることで救われるという場面を描いています。現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されており、初期の異なるバージョンはコートールド美術研究所に所蔵されています。

主題

物語は、モーセの兄アロンが亡くなった後の出来事として語られます。イスラエルの人々はエドムの地を迂回する道を歩んでいた際、その困難さに不満を募らせ、神とモーセを非難しました。「なぜ、我々をエジプトから導き出し、この荒野で死なせようとするのか。ここには食物も水もなく、この粗末な食物にはうんざりだ」と。この不信仰に対する罰として、神は燃える蛇を送り込み、多くの人々がその毒によって命を落としました。

人々は自らの罪を悔い、モーセに蛇を取り除くよう神に祈ってほしいと懇願しました。モーセが人々のために祈ると、神はモーセに青銅で蛇を作り、それを竿の上に掲げるよう命じました。そして、蛇に噛まれた者がその青銅の蛇を見上げれば、癒されると告げました。モーセは神の言葉に従い、青銅の蛇を制作し竿に掲げました。すると、蛇に噛まれた人々はそれを見ることで、苦しみから救われたのです。

作品の詳細

ルーベンスはこの絵で、燃える蛇によって苦しめられるイスラエルの人々の姿を劇的に描いています。嵐のような空からは、今もなお燃える蛇が降り注ぎ、画面左端にはアロンの息子で大祭司の職を継いだエルアザルが、竿に掲げられた「青銅の蛇」のそばに立っています。モーセは彼の左隣に立ち、手を上げて人々に青銅の蛇を見るよう促しています。

モーセとエルアザルの周囲には、多くの人々が集まっていますが、その体には蛇が絡みつき、噛みつこうとする蛇と必死に格闘しています。モーセの目の前にいる赤い服の女性は虚ろな表情で、蛇に絡まれた両腕を頭上に上げており、その肌は死を目前にしたかのように土気色です。黄色いドレスを着た女性は悲痛な表情で、ぐったりとした赤子を抱き上げ、青銅の蛇を見せようとしています。画面右端の鎧を着た男は、体に巻き付いた蛇を両手で引き剥がし、蛇の頭を掴んで高く掲げています。前景には、苦しみのあまり倒れ伏している人々も描かれています。

対照的に、画面中央で2人の子供を抱きながら座り込んでいる黒いドレスの女性は、青銅の蛇をまっすぐに見上げており、その肌は生気に満ち、蛇の害から守られています。彼女の輝くような肌と編み込まれた金髪は、周囲の群衆とは異質な印象を与えます。この女性は、ルーベンスの若い2番目の妻エレーヌ・フールマンであると考えられており、彼女はルーベンスの多くの作品にモデルとして登場しています。女性の膝の上に座っている少年は、1633年に生まれたルーベンスの長男フランシス1世かもしれません。

ルーベンスは本作で、他の作品で使用したモデルを使い、老人や女性など複数の人物を描いています。また、制作過程での変更点もいくつか確認できます。黒いドレスの女性の左手の親指が長くなっていたり、左側の子供が当初は鑑賞者の方を向いていたのが、母親と同様に青銅の蛇を見つめるように変更されたりしています。赤子を抱き上げた女性が着ているドレスは、もともと白色だったものが黄色に塗り替えられ、赤子のすぐ下には老人の顔を塗りつぶした痕跡も見られます。

来歴

この絵画は、19世紀初頭にスコットランドの風景画家アンドリュー・ウィルソンのコレクションにありました。その後、美術商ウィリアム・ブキャナンを経て、トーマス・バークリー・バークリー＝オーウェンの手に渡りました。ナショナル・ギャラリーは、1837年に彼からバルトロメ・エステバン・ムリーリョの「天上と地上の三位一体」とともにこの作品を購入しました。

複製

ボエティウス・ア・ボルスヴェルト、スヘルテ・ア・ボルスヴェルト、コルネリス・ガレ1世によって、この絵画のエングレーヴィングが制作されています。

ギャラリー

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脚注

[参考文献]

ジェイムズ・ホール『西洋美術解読事典』高階秀爾監修、河出書房新社（1988年）

[外部リンク]

ナショナル・ギャラリー公式サイト, ピーテル・パウル・ルーベンス『青銅の蛇』

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