大祭司

ユダヤ教の大祭司について

ユダヤ教における大祭司（ヘブライ語: כהן גדול）は、祭司階級の頂点に立つ存在であり、宗教的、政治的に重要な役割を担っていました。祭司階級は、大祭司、祭司、レビ人の3階級に分かれ、そのほとんどがレビ族の子孫でした。大祭司は、レビ族の中でもアロンの子エルアザルの家系から、最年長者が世襲で継承するのが原則でした。

大祭司の選出と条件

大祭司には、いくつかの厳しい条件がありました。まず、婚姻歴のない未婚の女性としか結婚できず、未亡人を妻にすることは原則として認められませんでした。ただし、大祭司に任命される前に未亡人と婚約していた場合は、その約束を守ることが認められました。また、五体満足であることが求められ、肉体に何らかの問題が生じた場合は退位する必要がありました。これらの条件は、大祭司が神聖な存在として、清さを保つために重要でした。

大祭司の職務

大祭司は、特別な装束を身にまとい、その清さを内外に示していました。彼らは、ヤハウェ神の意思を民と指導者に伝え、年に一度の贖罪日には、至聖所に入り、神の前に民を代表して、いけにえのやぎの血を贖いの蓋にかけ、全イスラエルの罪を贖いました。この儀式は、大祭司の最も重要な役割であり、民の罪を神に取りなすという非常に神聖なものでした。

旧約聖書時代の大祭司

フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』によると、初代アロンから最後のファサノス（ファンニ）まで、総勢83名の大祭司がいたとされています。幕屋時代（出エジプトからソロモンの神殿建設直前）には13名、エルサレムに神殿ができてからバビロニアに滅ぼされるまでには18名、そして捕囚から帰還してセレウコス朝シリアに支配されるまでには15名の大祭司がいました。

大祭司の系譜は、アロンの死後、その子エルアザル、そしてピネハスへと受け継がれるとされています。しかし、『サムエル記』に登場するエリは、イタマルの家系とされ、一時的にこの系統に大祭司の座が移りました。その後、ソロモン王の時代にツァドクの家系に大祭司の地位が移り、以降、ツァドクの子孫が継承しました。

バビロン捕囚後、ヨザダクの子エシュア（ヨシュア）が帰還後の最初の大祭司となり、ユダヤ政体の政治的指導者となりました。ハスモン朝時代には、大祭司は君主も兼ねるようになり、祭司支配が絶頂期を迎えました。紀元前104年から紀元前37年まで、大祭司は王であることを明確に名乗りました。

しかし、ハスモン朝の末期には、大祭司の地位は政治的な駆け引きの道具となり、ヘロデ大王の時代には、大祭司の任命がヘロデの随意で行われるようになりました。

新約聖書時代の大祭司

ヘロデの死後、大祭司の任命はローマのユダヤ総督やヘロデの子孫のユダヤ地方の統治者によって行われるようになり、大祭司の罷免と任命が頻繁に行われました。この時期、ファリサイ主義とラビ教育が力を強めましたが、大祭司はサンヘドリンの議長として、依然として権威を保持していました。

大祭司は世襲ではありませんでしたが、少数の特権的な家族から選ばれるのが原則でした。また、退職した大祭司も重要な地位を占め、社会的な影響力を持ち続けました。

ヨセフスの記述によると、この時期の大祭司たちは、一般の祭司たちの取り分を横取りするなど、腐敗した行為も目立ちました。ユダヤ戦争時には、大祭司の殺害が幾度も起こり、最終的にエルサレム神殿の破壊とともに大祭司の地位は消滅しました。

キリスト教における大祭司

キリスト教では、『ヘブル人への手紙』において、イエス・キリストを「大祭司」と呼んでいます。イエス・キリストは、律法によって立てられた旧約の大祭司の完成者であり、真の大祭司であるとされています。

大祭司の系譜

旧約聖書には、大祭司の系譜が明確に記されているわけではなく、多くの箇所で「祭司」という表現にとどまっています。『歴代誌』や『エズラ記』には、アロンの子孫の系譜が記されていますが、実際の継承と一致するかは不明です。

ヨセフスの『ユダヤ古代誌』には、大祭司の系譜が詳細に記されていますが、一部に矛盾する記述も見られます。ヨセフスは、幕屋時代、神殿時代、そしてバビロン捕囚後の大祭司の系譜を分けて解説しています。

まとめ

大祭司は、ユダヤ教において非常に重要な役割を果たしてきた存在であり、その歴史は、ユダヤ教の歴史そのものと言えるでしょう。彼らは、神と民の仲介者として、また政治的な指導者として、その時代ごとに重要な役割を担ってきました。大祭司の歴史を理解することは、ユダヤ教の理解を深める上で不可欠です。

参考文献

山口勝政「大祭司」『新聖書事典』いのちのことば社、1985年
フラウィウス・ヨセフス著、秦剛平訳『ユダヤ古代誌2　旧約時代編[V][VI][VII]』株式会社筑摩書房、1999年11月。ISBN 4-480-08532-7。
フラウィウス・ヨセフス著、秦剛平訳『ユダヤ古代誌3　旧約時代編[VIII][IX][X][XI]』株式会社筑摩書房、1999年12月。ISBN 4-480-08533-5。
フラウィウス・ヨセフス著、秦剛平訳『ユダヤ古代誌6　新約時代編[XVIII][XIX][XX]』株式会社筑摩書房、2000年。ISBN 4-480-08536-X。
* E・シューラー著、小河陽訳『イエス・キリスト時代のユダヤ民族史 III』株式会社教文館、2012年。ISBN 978-4-7642-7353-5。

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