須巻温泉

須巻温泉：失われた湯治の記憶

須巻温泉は、かつて栃木県塩原町（現・那須塩原市）に位置し、箒川を挟んで畑下温泉の対岸、喜十六山の中腹にありました。現在は旅館が廃業し、その面影を偲ぶことしかできません。

歴史：賑わいを見せた温泉地

最盛期の大正から昭和にかけて、須巻温泉には「根本屋」「須巻楼」「霞上館」といった旅館が軒を連ね、多くの人々で賑わいました。特に須巻楼には打たせ湯が、霞上館には万人風呂があり、湯治客に親しまれました。また、須巻団子や蕎麦などの名物も人気を博し、塩原[[温泉郷]]の他の温泉地に宿泊する客が、わざわざ湯治に訪れるほどでした。

鉄道省発行の『温泉案内』(1920年、1927年、1931年、1940年)にもその名が記録されており、当時の宿数や料金を知ることができます。1931年には「療養・行楽」、1940年には「療養・保養」の地として紹介されており、湯治場としての側面と、リゾート地としての側面を併せ持っていたことが伺えます。

須巻温泉は古くから塩原十一湯の一つに数えられ、江戸時代には既に温泉が利用されていたと考えられています。慶応3年の村明細帳には「数巻」という表記で湧出源泉があったとの記録が残っています。

現在：失われた温泉、残された自然

現在、霞上館の跡地は雑木林となり、わずかに石積みが残るのみです。老朽化で廃業した須巻楼の跡地は、別荘地として開発されました。しかし、周辺は自然研究路として整備されており、標高710mの須巻富士には厄除不動尊が建立されています。川崎大師平間寺との縁で建立されたこの不動尊は、ひっそりと静けさの中で訪れる人々を迎えています。

泉質：微かな鉄の香りの食塩泉

当時の記録によると、泉質は無色透明で臭気がなく、微かに鉄の味がし、藍色試験紙を紅変させるものでした。岩窟の湧出口では摂氏51度を記録していたとされています。1974年の栃木県による調査では、塩原層群の地層を通って摂氏40度台の食塩泉ないし弱食塩泉が湧出していたという結果が出ています。

須巻温泉は、その賑わいを失い、今は静かな山の中にひっそりと佇んでいます。しかし、その歴史と泉質は、文献の中に確かに存在し、かつて多くの人々を癒した湯治場であったことを物語っています。自然研究路を散策しながら、失われた温泉地の記憶を辿ってみるのも良いかもしれません。

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