顎十郎捕物帳

顎十郎捕物帳

『顎十郎捕物帳』は、久生十蘭が1939年から1940年にかけて執筆した時代小説で、物語は幕末の江戸を背景にしています。この作品の主人公、仙波阿古十郎、通称顎十郎は、特異な容貌を持ち、本当に大きな顎が特徴です。彼は北町奉行所の同心として捜査活動を行っていましたが、ある失敗から退職し、以後は駕籠屋に転職することになります。

顎十郎は、その異様な外見にも関わらず、他者からの人気を集め、その巧妙な思考と剣術の技術で多くの事件を解決していきます。彼の物語は全24話から成り、各話ともに独自のエピソードを展開し、時には喜劇的、時にはシリアスな面を見せながら、江戸の風俗や人間模様が巧みに描写されています。

この作品は、月刊誌『奇譚』と『新青年』に連載された後、単行本としても発表されました。最初の連載では筆名「六戸部力」が使われていましたが、単行本化に際して「谷川早」という名義で発表され、さらには後に「久生十蘭」名義でも知られるようになりました。このように、同じ作品でも多くの異なる版が存在し、リライトや改稿が行われていることから、読むたびに新たな印象を受けるのが魅力の一つです。

連載中に顎十郎のストーリーは進化し、彼のキャラクターも深みを増していきます。特に、彼のライバルである南町奉行所の同心、藤波友衛との関係性は緊張感を持ちながら描かれ、物語に厚みを加えています。顎十郎自身が持つ性格は、非常にユニークで飄々としたもので、困難な状況でも冷静に対処する姿勢が読者を引きつけます。

登場人物としては顎十郎の叔父、森川庄兵衛や彼の娘、花世なども登場し、物語の中で重要な役割を果たしています。特に花世は、顎十郎が唯一リラックスできる存在であり、彼女の気さくな性格が物語に温かみを加えています。

また、この作品は映像化もされており、1957年と1968年にテレビドラマが制作されましたが、顎十郎の特異な外見を演じることの難しさから、映像化は限られた期間で行われただけでした。それに寄与しているのは、このキャラクターの持つ圧倒的な存在感と人間臭さであり、推理小説の中に描かれた人間模様は、今も多くの人々に愛されています。

最後に、都筑道夫によって執筆された続編『新顎十郎捕物帳』もあり、この作品は1980年から1985年にかけて発表されました。続編の中でも顎十郎の魅力は変わらず、彼のキャラクターが新たな物語を紡いでいく様子が楽しめます。

『顎十郎捕物帳』は、単なる捕物帳の枠に留まらず、その独特のキャラクターや事件を通じて、時代の風を感じさせる優れた文学作品であることは間違いありません。

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