飛鳥部常則

飛鳥部常則：平安時代中期の鬼才絵師

飛鳥部常則（あすかべのつねのり）は、平安時代中期（生没年不詳）に活躍した宮廷絵師です。経則という名も用いたとされ、左衛門少志という官職にありました。初期大和絵の代表的な絵師の一人として知られていますが、現在、彼の真筆と断定できる作品は残念ながら現存していません。しかしながら、数多くの史料から、その卓越した画技と高い評価が伺えます。

華麗なるキャリア：宮廷から祭礼まで

常則は延喜・天暦の二朝に仕え、宮廷画所において多彩な制作活動を行いました。

その活動は記録として残されており、例えば天暦8年（954年）には、村上天皇が自ら筆を執った金字法華経の表紙絵を制作したとされています。これは天皇の個人的な依頼によるものであり、常則の技量に対する天皇の信頼の高さを示すエピソードと言えるでしょう。

さらに、康保元年（964年）には、京都御所清涼殿の南西部の壁面に、鬼を斬る白沢王を描いたと伝えられています。この絵は、その後その部屋が「鬼の間」と呼ばれるようになったほどインパクトのある作品だったのでしょう。

天禄3年（972年）には、賀茂祭の禊ぎに使われる牛、馬、犬、鶏といった動物の彫物の下絵を描き、完成した彫物に彩色まで施したという記録も残されています。祭礼に用いられる重要な美術品の制作に関わったことは、常則が宮廷において重要な役割を担っていたことを示しています。

また、『小右記』には、長和2年（1013年）3月30日に藤原道長が冷泉院で常則筆とされる神泉苑の風景画を鑑賞し、その優美さを絶賛した記述があります。この記録は、常則の作品が当時の貴族社会においても高く評価されていたことを示す貴重な証拠です。

伝説と評価：絵画の力

『古今著聞集』には、常則が描いた獅子の絵を見た犬が吠えたという興味深い逸話が収録されています。これは、常則の絵画が写実的で、動物の生態を的確に捉えていたことを示唆するエピソードと言えるでしょう。

同書には、世間の評価として「常則をば大上手、（巨勢）公望をば小上手」という記述があります。これは、常則が巨勢金岡（こせのきのおか）といった他の優れた画家を凌駕する、最高の絵師であったことを示しています。

さらに、『栄花物語』や『源氏物語』といった著名な作品にも常則の名が登場することから、当時、彼は大和絵の第一人者として広く知れ渡っていたことが分かります。

謎が残る巨匠

残念ながら、常則の生涯や作品については不明な点が多く残されています。現存する作品がないことは大きな謎ですが、様々な史料から、彼が平安時代中期における最高の絵師の一人であったことは間違いありません。彼の作品は失われたものの、その名と技量は、後世の歴史書や文学作品を通じて、今もなお語り継がれています。今後の研究によって、さらに多くの事実が明らかになることを期待したいところです。

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