食道楽 (村井弦斎)

食道楽

作品概要

『食道楽』（くいどうらく）は、明治時代の作家、村井弦斎によって執筆された長編小説です。1903年（明治36年）1月から約1年間、報知新聞に連載され、当時の読者から絶大な人気を集めました。その勢いを受けて単行本として刊行されるや否や、驚異的な売上を記録し、当時の出版界において空前のベストセラーとなりました。本作は文学史においても重要な位置を占め、村井弦斎の代表作として広く認識されています。連載終了後も続編が発表され、翌1904年にかけて、計8冊が刊行されています。

内容と特徴

この小説の主題は、まさにタイトルが示す通り「食道楽」です。物語は、ヒロインであるお登和という女性が、様々な料理を作り、それに関連する膨大な知識や情報を披露していく形で進行します。作品は春、夏、秋、冬の四季に分けて構成されており、登場する料理や食材は、和食、洋食、中華料理など、その種類は実に六百種類以上にも及びます。これは当時としては非常に珍しく、その多様性が読者を大いに惹きつけました。

作中に描かれる料理には、現代では家庭でも当たり前に作られているシチューやオムライス、プリンといったものから、牛の脳や腎臓といった現在ではあまり一般的でない食材を使った料理、さらには「奉天汁」のように現在ではほとんど見られなくなったと思われる品々まで、非常に多岐にわたるものが含まれています。レシピの紹介にとどまらず、料理の具体的な調理法やコツ、食材の栄養価に関する知識、食の安全に対する考え方、そして食を通じた教育論（食育）など、食に関連する広範な話題が網羅されていることも、本書の大きな特徴です。

社会への影響と演劇化

『食道楽』は、出版された明治時代において、社会に計り知れない影響を与えました。本作の人気に触発され、同名の料理雑誌が創刊されたり、物語のヒロイン「お登和」の名前を冠した料理店が登場したりするなど、日本全国に一大「食道楽」ブームを巻き起こす原動力となりました。多くの人々が、この作品を通して、食に対する新しい視点や知識を得たと言えるでしょう。

また、小説の人気を受けて、歌舞伎座では村井弦斎自身が脚本を手がけた同名の演劇作品も上演されました。

執筆背景と登場人物

本書の執筆には、作者である村井弦斎の妻、村井多嘉子が深く関与していたことが知られています。多嘉子は料理研究家でもあり、作中に登場する料理のレシピ考案などで、夫の執筆を支えました。物語のヒロインであるお登和は、この妻である多嘉子氏がモデルであったとする説も存在します。

作品の読み方

作品のタイトル『食道楽』の読み方については、発表された明治時代には主に「くいどうらく」と読まれていましたが、時代が下るにつれて「しょくどうらく」という読み方も一般的になりました。単行本の表紙にはルビがありませんが、作中の一部の章には「くひだうらくくわい」というルビが振られており、当時の読み方がうかがえます。

『食道楽』は、単なる娯楽小説としてだけでなく、明治時代の日本の食文化や人々の食に対する関心を知る上で、非常に貴重な資料ともなっています。

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