香見喜利平

香見 喜利平（かみ きりへい）

戦後の上方演芸界において、独特の存在感を放った紙切り師。本名を辻井義男といい、1916年に生を受けたとされるが、その没年は明らかになっていない。大阪の演芸場を中心に活動し、紙切りという伝統的な芸に彼ならではの解釈とスタイルを持ち込んだ。

生涯

香見喜利平は、天満の魚屋の息子としてこの世に生を受けた。幼い頃から芸能の世界に憧れを抱いていたのか、1930年には歌舞伎役者の嵐璃徳に弟子入りを果たす。しかし、役者としてはなかなか芽が出ず、次いで漫才師への転身を図るも、組む相手が見つからず、こちらも道が開けなかった。

そんな失意の日々の中、楽屋での時間潰しに紙を鋏で切り始めたことが、彼の運命を大きく変えることになる。遊び半分の紙切りが楽屋内で評判を呼び、22歳を迎える頃、すなわち1938年頃には、ついに紙切り師としての道を歩み始めることを決意した。当初は本名の辻井義男や、津井日の丸といった名で活動していたが、ある時、漫才師の志摩八郎から「香見喜利平」という名を勧められ、以降はこの芸名で知られるようになる。紙切りの技術そのものは、特定の曲芸師から教わったと語っている。

舞台人として一時期を過ごした後、香見喜利平は紙切り師としての活動からは身を引き、晩年は芸能プロダクション、いわゆる興行師のような仕事に携わっていたようだ。長らく表舞台から姿を消し、同業者の間でも「もう亡くなったのではないか」と囁かれるほどになった頃、興味深い再会の逸話が残されている。ある日、三代目桂文我が天王寺公園の近辺を散策していると、「我太やん！我太やん！」という声が聞こえてきた。それは、文我がかつて「我太呂」と名乗っていた頃の愛称で呼びかける声だった。振り返ると、そこにいたのはなんと香見喜利平本人。彼は若い女性が押す車椅子に乗っており、後にこの女性が息子の妻、つまり義理の娘であることが判明したという。

結婚式の余興など、特定の仕事においては「香見喜利平」という名前が縁起を気にされる場面があったためか、本名の辻井義男として出演することもあった。状況に応じて芸名と本名を使い分けていたことがうかがえる。

芸風

香見喜利平の紙切りは、東京を中心とした紙切り師、特に初代林家正楽などが得意とした繊細で身振り手振りを用いるスタイルとは一線を画していた。彼は体をくねらせるような動作を控え、高座には洋装で上がった。そして、観客からのリクエストに応え、大きなサイズの紙を鋏一本で大胆に切り上げていった。

本人は自身の芸風について、「東京みたいに狭い場所で披露するなら、細かく切って見せた方が観客は喜ぶだろう。しかし、大阪の演芸場は広々としているから、多少荒っぽくても十分に楽しめるんだ！」といった趣旨の発言をしていたという。その言葉が示すように、彼の芸は洗練された技巧よりも、大衆向けの豪快さや勢いを重視したものだったようだ。しかし、時にはその大衆的な芸が観客に響かなかったのか、舞台が終わった後、彼が苦労して切り上げたはずの切り絵が、残念ながら客席に置き去りにされているといった悲しい一幕もあったと伝えられている。

また、彼はあまり博識ではなかったようで、観客から出される様々なお題に対して、その内容を理解できなかったり、見当違いの形に切ってしまうことも頻繁にあったという。こうしたエピソードは、彼の人間味あふれる一面であると同時に、プロの芸人としての課題でもあったことを示唆している。しかし、そうした不器用さも含めて、大阪の観客から愛されたのかもしれない。

香見喜利平という名前は、その特異なキャリアと個性的な芸風と共に、戦後上方演芸史の一頁に刻まれている。

関連人物

晴乃ダイナ

主な出典

桂米朝、上岡龍太郎『米朝・上岡が語る昭和上方漫才』（朝日新聞出版、2000年）
* 「現代上方演芸人名鑑」（少年社、1980年）

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