馬上の人

『馬上の人』(The Man on Horseback)は、1962年に政治学者サミュエル・E・ファイナーによって発表された、政軍関係に関する重要な研究書です。この著作は、当時の軍事政治学における主要な研究であったハンチントンの『軍人と国家』における議論に異議を唱える形で発表されました。

ファイナーは本書で、ハンチントンが主張したプロフェッショナリズムの高度化が文民統制を達成するという見解に対し、政治文化の概念を導入することで新たな議論を展開しました。彼は、軍隊が必ずしもプロフェッショナリズムの向上によって政治介入を抑制されるわけではなく、むしろ、そのプロフェッショナリズムが政治介入を促進する可能性を指摘しました。

ファイナーは、軍隊が政府と衝突する事例が数多く存在することを示し、その原因を以下の3つに類型化しました。

自己意識: 軍隊が、文民よりも国家への奉仕者であるという強い自己意識を持つこと。
資源認識: プロフェッショナリズムの結果、軍隊が社会を資源の供給源としてのみ見なすようになること。
反発意識: 政府による軍隊の利用に対する反発意識。

これらの要因により、軍隊は政治に介入するようになり、その介入は影響力の行使に留まらず、圧力の行使、支配者の再配置、そして最終的には軍人独裁の確立にまで及ぶ可能性があるとファイナーは論じました。

このような軍隊の政治介入を抑制するためには、政治文化の高度化が不可欠であるとファイナーは主張します。ここでいう政治文化とは、権力移譲に関する手続きの承認、最高権力者に関する合意、公衆の役割、中間団体の存在などによって特徴づけられるものを指します。

ファイナーは、政治文化の程度を以下の4つの段階に区分しました。

成熟した政治文化: 権力移譲の手続きや最高権力者に関する合意が確立され、公衆の役割が明確になっている状態。
発達した政治文化: 成熟した政治文化には及ばないものの、一定の政治的安定性が見られる状態。
低度の政治文化: 政治的混乱や不安定さが目立ち、軍隊の政治介入が起こりやすい状態。
最低限の政治文化: 政治的な合意や手続きがほとんど存在せず、軍隊の力が突出している状態。

ファイナーは、軍隊を統制するためには、成熟した政治文化を育成することが重要であると結論付けました。本書は、軍隊と政治の関係を深く考察する上で、今日でも重要な示唆を与えてくれる古典的な研究書と言えるでしょう。

参考文献
Samuel E. Finer, The Man on Horseback: The Role of the military in Politics, Second enlarged edition, first published by Pall mall Press 1962, Revised and published in Peregrine Books (Middlesex: Penguin Books, 1976).

もう一度検索