驕

驕（きょう）

仏教において、衆生を苦しみの世界に縛り付ける根本的な原因とされる煩悩の一つに「驕（きょう）」があります。この語は、サンスクリット語の「mada（マダ）」に対応し、本来は「憍」と表記されることもあります。驕は、自己が持つ様々な性質や属性を過剰に評価し、それに基づいて他者よりも優れていると思い込み、おごり高ぶる精神状態を指します。

具体的には、自身の外見の美しさや若さ、あるいは生まれ持った血統や家柄、さらには身につけた知識や学問といったものを特別に優れたものと見なし、それに固執し、内心でおごりや慢心を生じさせる心の働きです。これは単なる自信とは異なり、自己の優位性を根拠とした自己満足に深く根差しており、他者を見下したり、自身の思い通りに振る舞おうとしたりする心理的な態度へとつながります。自分自身が非常に勢いがあり、何事も思い通りになると確信し、それによって他への配慮を欠き、傲慢な態度をとることも含まれます。

仏教の教義体系において、この驕は煩悩として明確に位置づけられています。部派仏教の一つである説一切有部派が定める心の要素の分類体系『五位七十五法』においては、驕は「小煩悩地法」の一つとして数えられています。小煩悩地法とは、貪・瞋・癡といった根本煩悩（大煩悩地法）に付随して生じる比較的小さな煩悩群であり、驕はまさにそのような心のはたらきとして捉えられています。

一方、大乗仏教の唯識派の主要な論書である『大乗百法明門論』においても、驕は煩悩として分類されています。唯識派では、煩悩を「根本煩悩」とそれに付随して生じる「随煩悩」に大きく分けますが、驕はこの「随煩悩」に分類されます。さらに、随煩悩の中でも生起する範囲が比較的狭いとされる「小随煩悩」の一つとされています。これは、貪・瞋・癡といった根本煩悩が非常に多くの心のはたらきに影響を与えるのに対し、驕は主に自己の性質への執着とおごりという特定の側面において強く現れるためと考えられます。

仏教において煩悩は、私たちを輪廻転生の苦しみにとどめ、悟りへの道を妨げるものとされます。驕もまた、自己中心性を強化し、他者との間に壁を作り、真実を見誤らせる原因となるため、克服すべき重要な煩悩の一つとされています。自己のおごりに気づき、それを手放していくことが、心の平安を得て、真の自己を見出すための修行において不可欠なステップとなります。

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