高島北海

高島 北海（たかしま ほっかい）

明治から大正時代にかけて活躍した日本画家、高島北海は、嘉永3年9月26日（1850年10月31日）に生まれ、昭和6年（1931年）1月10日に80歳で没しました。本名は得三（とくぞう）。萩藩の藩医の息子として長州阿武郡（現在の山口県萩市）に生まれました。幼い頃から絵に強い関心を持ち、父親の手ほどきを受けつつ、やがて徳山（現在の山口県周南市）出身の画家、大庭学僊（おおば がくせん）のもとで本格的な絵画の基礎を学びました。幼少期には、藩校である明倫館で後の陸軍大将となる乃木希典とも親交を結んだと伝えられています。

彼の人生の大きな特徴は、画家としての活動と並行して、卓越した技術者・学者としての側面を持っていた点にあります。明治新政府に出仕した北海は、工部省に入省し、明治5年（1872年）から4年間、兵庫県の生野銀山に設置された鉱山学校に派遣されました。ここで彼は、フランスから招かれた技師長ジャン＝フランソワ・コワニェら外国人教師から、フランス語と共に、地質学や植物学といった当時の最先端科学を学びます。この経験は、その後の彼の人生、特に絵画にも大きな影響を与えることになります。明治7年には、日本の地質図としては初期のものとなる「山口県地質図説」および「山口県地質分色図」を完成させました。

内務省地理局や農商務省山林局での勤務を経て、明治17年（1884年）には、万国森林博覧会参加のため政府の命を受けて渡英。ヨーロッパ各地の森林資源や林業技術を視察しました。翌年にはフランスに渡り、ナンシー水利林業学校に3年間留学（35歳から38歳）。ここで植物地誌学（植生と地理の関係を研究する学問）を深く学び、専門性を確立しました。

ナンシー滞在中、彼の芸術的才能も高く評価されました。学校には北海の卒業写真と共に、彼が描いた精緻な植物の細密画や写生画が今も保存されています。ナンシー派美術館には、彼の功績を称えるレリーフ（彫刻家ビュシェール作）が飾られています。さらに、1886年にフランス東部美術展に日本画を出品した際には、現地で絶賛を浴び、その評判は日本にも伝えられました。当時の報道では、「タカシマは花卉枝葉の美麗、即ち植物の真状を写し出すことに卓絶し、想像画家と自然画家とを兼ねるものは、日本人より他にあらざるが如し。而してこれを実行し得る者は、日本人にして森林家たるタカシマ氏、実に其の人なり」と評されています。パリ装飾美術館長の依頼でリモージュ美術館に作品を寄贈し、1887年にはフランス政府より教育功労章を授与される栄誉に浴しました。100年後の1987年（昭和62年）に日本で開催された「ナンシー派アール・ヌーボー展」では、「日本とナンシーを結んだ人物」として、ナンシー市長からのメッセージが寄せられています。

明治21年（1888年）にナンシーでの学びを終えて帰国した北海は、その後10年以上にわたり林野行政の専門家として活躍しました（明治27年には山林局林制課長を務めました）。この間も、公務の合間を縫って山岳の写生を行い、独学で山水画の研究を進めました。日本美術協会展にも作品を発表し、明治28年（1895年）には『連峯紅葉』で銀杯を受賞しています。47歳で公職を辞任し、郷里に近い長府（現在の山口県下関市）に隠棲しますが、明治35年（1902年）、52歳で再び東京へ上京。ここで雅号を「北海」と定め、中央画壇での活動を本格的に開始します。

画家としての活動が活発になると、北海は写生のために国内外を旅しました。明治36年（1903年）にはロッキー山脈、翌明治37年（1904年）にはセントルイス万国博覧会のため渡米し、明治39年（1906年）には山水画の本場である中国を取材しました。この時期に、自身の画論をまとめた『写山要訣』（明治36年）や、代表的な山水画を集めた『北海山水百種』（明治39年）といった著作も刊行しています。主要な展覧会での受賞も続き、明治39年（1906年）の第40回日本美術協会展では『秋澗暁霽』で二等賞銀杯、翌明治40年（1907年）の東京勧業博覧会では『水墨山水』で一等賞牌を受賞しました。また、明治40年に開設された文部省美術展覧会（文展）においては、旧派系の画家たちと共に正派同志会を結成し、幹事として運営に携わります。第2回文展からは大正6年（1917年）まで審査員を務め、その間も『蜀道七盤関真景』『峭壁摩天』『朝鮮金剛山四題』などの壮大なスケールの作品を数多く発表しました。

大正12年（1923年）、関東大震災を機に再び故郷の長府に戻りました。ここでは図画教師を務める傍ら、画業を続け、長門峡など山口県内の名勝地の開発や紹介にも尽力しました。晩年の昭和5年（1930年）には東京・品川の子息のもとに身を寄せ、翌昭和6年（1931年）にその生涯を終えました。享年80。墓所は東京都の多磨霊園にあります。

高島北海の業績は、近代アカデミズムが確立される以前の日本において、西洋の科学技術と伝統的な日本画の手法を融合させた先駆者として特筆されます。特に、近年では画家としてだけでなく、地形学者、地質学者、地理学者としての深い造詣と、近代科学の導入における先駆的な役割についても再評価が進んでいます。彼の三女である高島愛子は、映画女優として知られています。彼の人生や業績は、髙樹のぶ子の小説『HOKKAI』の題材にもなっています。南画に写生の技法を取り入れ、その作品に力強さと奥行きを与えた北海の芸術は、科学者としての知見と感性豊かな画家としての才能が結実したものです。彼の業績は、単なる画家の枠を超え、明治期日本の知的な営みの一端を示すものとして、今なお重要な光を放っています。

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